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えみごのメモ

ももクロと杏果

CAPA6月号

近所の書店に足を運び、今までの人生で何百回も訪れているいつものカメラ雑誌コーナーへ直行した。
昨日までの1ヶ月間CAPA5月号を確認していた棚を真っ先に見たのだが、姿が見えない。あれ?と視線を落とした瞬間、彼女と目が合った。発売日のカメラ雑誌は下に平積みされており、様々なモデルさんや猫、羽生選手らが並ぶ中に緑の姫はいた。
杏果がCAPA6月号の表紙を撮影したあの日から、今日という日を心待ちにしていた。杏果がカメラ雑誌の表紙を飾るなんて夢のようだった。ようやくその日が来て、その雑誌を手に入れ、部屋に帰り袋から取り出したのだがなんというかいまいち現実味がない。表紙の画像を一昨日から散々見ていたせいだろう。
一番に杏果のページを開いてしまったらこのフワフワとした感覚のまま読み終わってしまうような気がして、1ページ目から丁寧に読んでいくことにした。

【以下ネタバレ】

1ページ目のスナップショットに早速心を奪われ、立木さんのインタビューを読んで面白く思っていたところにファーストインパクト。次のページ、目次のページ、右上、カメラを持ってお茶目に首を傾げる杏果さん。表紙裏表紙特集以外にも彼女がいるなんて予想外だったし、あまりにも可愛いから意識を失いそうになった。このお写真は杏果推しがめっちゃ好きなやつだろう。
我に返り、1ページずつめくっていった。機材紹介で早速杏果のαが出てくる。これは最新機種α9の紹介で杏果のα7IIはスペック比較に出てくるだけなのだが、まあ反応してしまう。読んでいるとα9が普通に欲しくなってくる。54万円だけど。
次に表紙で杏果が構えているD7500が出て来た。というか杏果もこうやって1ページずつ読んでいくんだろうなということに思い当たり嬉しくなった。16まんえんのカメラは買えないけれど読むのは面白かった。
そしてメインの鉄道写真の特集が始まった。鉄道写真を撮る人ではないけれどとても面白かった。ひとつひとつの写真が綺麗で、撮り方を読んでみるとへえ〜なるほど〜という感じで、こんな写真が撮れたら最高だなあと思った。杏果もそう思いながら読むんだろうか。
特集が終わり次のページ、α7IIキャッシュバックキャンペーンの広告が載っている。ダイレクトなマーケティングすぎる。ずるい。
それでその後は色々紹介があって、白黒のページを色々ほ〜んと思いながら読んでいって、梅雨の花のある風景特集に辿り着いた。こちらにもとても惹かれた。
そしてオリンパスの記事があってクリエイター向けPCのページがあって次もそんな感じだろうとページをめくった瞬間、びっくりして戻してしまった。

ついに有安杏果のページだ。ここまで同じように読んできた一般読者も、こういう風に少し驚くのだろうかと思うと胸が熱い。
これは杏果が大学を卒業してから初めてのしっかりとしたインタビューで、写真のことについてガッツリ触れる初めてのインタビューになっているだろうから、一文字一文字真剣に読んだ。まずはこなれた手つきでカメラを構えている素敵な写真を味わってから。
結果的に、ものすごく良かった。あまりにも良すぎた。4年前に我々が知ることのできなかった、そして今日まで知ることのできなかった、大学受験のこと。いつの間にか杏果が使うようになっていたD600との最初の思い出。作品だけは見ていたものの詳しい意図は聞けていなかった卒業制作「心の旋律」について。結構知りたかった、カメラを持っている時の杏果の意識。結構気になっていた、これからの展望。さらに初出しの写真3枚。突然現れたCanonのカメラ。
時を超えて、一番知りたかった秘密が明かされていく。今まで知りえなかった杏果がそこにいる。もう胸がいっぱいすぎて呆然としてしまう。もうダメだ。
その後のページは写真だけじっくりと見ながら本文はさくさくと読み進めていき、編集後記のページで杏果と土屋さんの可愛いツーショットを見つけて発狂し、最後に可愛い裏表紙を拝んだ。

この雑誌を読めたことの本当のエモさを語るには、今までの4年間のことをしっかりまとめなければならないくらいだ。まあ私のようなファンならみんな分かるだろうからそれは置いておく。
今回の事の重大性は、一般人としての杏果が大学受験を突破し日芸に入学し4年間秘密裏に写真学科で修業し二つの賞を携えて話題性のある卒業を果たしたことの成果が、芸能人としての杏果の活動にはっきりと還元された初めての事例だということにある。杏果が仕事と並行しながらこっそり大学に通ったり写真を撮ったりしていたおかげで、ある雑誌の表紙と特集を任されたということだ。その仕事は有安杏果の名もももいろクローバーZの名も広げるもので、夏菜子がべっぴんさんに出て世間に知られるのと同じような効果を持つものだろう。今まで完全にプライベートで重ねてきた努力が、やっと公のアイドル活動に繋がったのだ。それがCAPA6月号。ただの雑誌じゃない。
特集の内容自体はファンにとってもカメラ好きの一般読者にとっても初めて触れるものだけれど、ファンにとってはやっと明かされた真実という感じで感動してしまう特集だし、一般読者にはももクロの人がそんなことをやっているのかという新しい発見をもたらす特集で、その、双方に効果的だという構造は面白いしこの雑誌の価値をさらに高めている。
いやあ本当に良かった。CAPA6月号という現象は尊い。CAPA編集部に要望を出していたらしいモノノフの方々ありがとうございます。

写真学科時代の話も重要なんだけれど、一番の収穫は写真に対する杏果の態度を知ることが出来たということだ。
カメラを持っている自分が自然体に近い。日常の中の何気ないものを撮りたい。ありのままの自分でシャッターを切る。
そういうことだったのか、と納得した。今回1ページ目から雑誌をめくる中で沢山の写真を見たが、それと比べてみると杏果の写真はシンプルだと思った。奇をてらったりかっこつけたりしていない。今まで杏果が出してきたブログやももカメラの写真もまっすぐな写真だった。そこで「自然体」「日常の中の何気ないものを」「ありのままの自分で」という思いを読んでなるほどと納得した。とても納得した。
「技術が全然及ばない」と言いながらも、技術がある風に撮ろうとするのではなくありのままで撮る。そもそも、ありのままの自己表現がしやすいレンズを選ぶ。それでもありきたりということではなくてそこには独自の自己表現があり、集大成としての卒業制作は唯一無二の作品として評価されている。
この感じ、どこかで・・・と思ったら、杏果の作詞活動だった。それこそが一番の自己表現になると自覚しているからこそ、かっこつけずにありのままの気持ちを表現する。多分そんな姿勢が杏果の芯にあって、一人きりですぐに完結することのできる写真撮影ではその芯が最も澄んだ形で反映されている。
同じなんだ。やっぱり杏果なんだ。そういう風に思えて嬉しくなってしまった。

あと、そんな中でも「アイドル活動をしている自分にしか撮れないもの」を武器にしているのはしびれる。そもそもの始まり、大学受験で提出した写真が武道館ライブ(2012年の女祭りか男祭りだろう)の裏側の過程を収めたものだなんて、ねえ。泣いてしまう。

今や杏果はステージに立ったり仕事をしている時間だけでなく、プライベートの時間でも作詞や撮影を通して活動ができてしまうということだ。私は杏果が好きだから、杏果の表現が増幅されたことが嬉しいし、さらなる可能性にもワクワクさせられる。音楽活動と写真のリンクも考えているようで、今後の杏果がすごいことになっていく予感しかしない。
写真展や写真集もいつかは、と言ってくれたことが本当に嬉しかった。全力で待ち続けよう。

そんな感想を持たされたCAPA6月号だった。買うのは当たり前だけれど本当に買って良かった。
CAPA6月号は杏果の、なにか大きな節目であると思う。全国の書店のカメラコーナーに杏果が並んでいるこの1ヶ月間は、とても神聖な時間だと思う。その1ヶ月間、杏果はひたすらライブの準備をして、その後あの卒業制作と共に名・阪・東を巡る。きっとその先に新しい杏果が待っている。楽しみだ。
あとは自分も無性に写真が撮りたくなった。音楽はやらないけれど写真ならやってきた。写真でなら杏果と少しだけ通じ合える気がして嬉しい。私もまた私らしく撮っていこう。
興奮しすぎて乱雑な感想になってしまったが、とにかくCAPA6月号は宝物だ。本当にありがとうございます。みなさん買ってください。

あなたのふるさと















音のない住宅街を、駅に向かって引き返す。
光差す午後、春の緑が眩しい。
いつかあなたがお母さんと一緒に進んだ道。
タイムトリップして、そこに歩く二人を想う。

駅前のわずかな喧騒が耳に届く。
視線を上げた瞬間、タイムトリップが終わる。
唇が震えそうになる。
そこには、あなたが。

杏果

杏果が辛い時、私も辛い。
杏果が悔しい時、私も悔しい。
杏果が怒っている時、私も怒りを鎮められない。杏果が泣いている時、私の涙も止まらない。杏果がなにか苦しんでいるのなら、なにも知らされなくたってその苦しみを想像してしまう。

そうやって杏果の心を間近に感じてきた。
感じようとしてきた。感じたつもりでもいいから感じていたかった。
喜・楽だけでなく。怒・哀にも限らず。

だって私はちっとも嫌じゃないんだ。杏果を応援する中で、笑顔になれない瞬間が。不安に駆られる心地が。
ちっとも嫌じゃないどころか、そういう局面でこそ嬉しくなってしまう。

確かに元気な杏果、笑顔の杏果を見ることは私の幸せだ。幸せな今日を送る杏果を想えばそれだけで幸せだ。
でも私は、ときどき理不尽な目に遭ったり、病に道を阻まれたり、挫折や失敗を噛み締めたり、恥をかいたり、後悔している杏果を見るのも正直言って幸せなんだ。

別に杏果が常に心配だとか、杏果には弱い人間でいてほしいだとか、ファンが支えるべき庇護対象で在ってほしいだとか、そういう風には思えなくて、ただ杏果が杏果としてなにかに躓くことを、紛れも無い杏果の魂が揺れることを、どこかゾクゾクとした喜びをもって受け入れてしまうんだ。
杏果が本気で生きる中で私達に見せる全て、杏果の身に起こること全てを、杏果への愛を深める理由として受け取ってしまうんだ。

どうにもこうにも、杏果の「不運さ」や「コンプレックス」や「弱さ」、「闇」なんかを見つけてしまうと、それごと愛しくてたまらなくなってしまう。
どんな杏果は好きで、どんな杏果は好きじゃない、どんな状況なら歓迎して、どんな状況なら拒絶する。そういうことではなくて、杏果の中にあるもの、杏果を取り巻く現象全てをまるごと愛してる。
杏果が杏果であること、それが全てを引っ繰り返すほどの価値なんだ。感情をどの方向に振り動かされても、結局「好きだな」としみじみ思える。だから杏果を見つめる間いつも幸せだ。

私は既に揺らぐことのない「有安杏果」ファンで、「有安杏果の人生」オタクだ。
杏果が生きていてくれればもうなんだって嬉しい。今生きている杏果を感じられるのなら、なんだって嬉しい。心を知ること、心に触れることが嬉しい。苦しい心に共感することも、それが杏果の心であるというだけで喜びに変わってしまうんだ。

芸能人である杏果を、出来るだけ生身の人間として好きになりたい。こんな理不尽な欲望まで背負わせてしまうようで申し訳ないが、杏果はただ杏果らしく好きなことを頑張っていてくれればいい。
これからも色々なことが起こるだろうけれど、私はその度に杏果をもっと好きになるだけだ。

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クリエイターとしての有安杏果

万が一有安杏果さんがエゴサーチによってここに辿り着いてしまったら申し訳ないため、今から語るのはあくまで数万の杏果推しの中の一粒でしかないとある大学生から見た杏果の姿であることを先に記させて頂く。

杏果推しになって以来、パフォーマーとしての有安杏果に強く惹かれながらここまでやってきた。特にここ1・2年、暴走するかのごとく歌唱に魂を注いできた杏果は、常に私の自慢の歌手であった。
しかし本来の私はクリエイター大好きババアだ。元からアニオタを続けてきたこともあり、杏果以外で熱狂的に応援している対象のほとんどがクリエイターだ。パフォーマーのファンになったのはももクロが初めてと言っていい。
杏果に関してもブログの文章には当初から惚れ込んでおり、もしも、彼女が作詞などを始めてクリエイターにまでなってしまったら、私はどれだけ杏果を好きになってしまうのだろうか、杏果なしで生きていけるのだろうか、といつからか案ずるようになっていた。

パフォーマー兼クリエイターの杏果がいる世界。かつての私が願い、恐れた世界。
本当の意味でそれは、彼女が自作曲を含めて構成したコンサートを大観衆に届けきった2016年7月3日以降のこの世界だ。

この世界が誕生して実際に私がどうなったかというと、まあ予想通り杏果をもっと好きになり、杏果なしでは生きていけなくなった。杏果作の歌が大好きで、毎日聴いても飽きないどころかどんどん好きになっていく。それを歌っている杏果の声も大好きだから、2倍、3倍の好きが溢れる。昔の自分が絶対に憧れるような最高の世界になったと思う。
ただ昔の私は、杏果自身がどう変化するのかについてはほとんど考えていなかった。あったのは、最強になるんだろうな〜くらいのぼんやりした想像だけだ。
ここまで書いてきてなんだが、私が杏果をどれほど愛するようになったかなど、正直どうでもいい。ここまでの文章は本当に蛇足だ。
この世界が誕生してもうすぐ2ヶ月という時にようやく私は杏果がクリエイターになった意味を自分なりに見出した。大切なのはそっちだ。


クリエイターとしての有安杏果は、本当にクリエイターをしていた。
作詞、作曲、コンサート作り、グッズ考案とデザイン。何も浮かばない、理想に届かない、人に敵わない、刻限に間に合わない!そんな不安と焦りの中でもがき苦しんでいた。と同時に、作りたいものを好きなように作り上げていく喜びで空へも飛んでしまえそうな杏果の心情も、著書として発売された日記に綴られている。その日記もまた、彼女の手から生み出された作品だ。
要は、クリエイターごっこではない。一切の妥協も許さない謹厳なクリエイションがそこにはあった。他者に依頼した作詞・作曲・編曲でさえ、綿密な注文とやりとりを経てようやく杏果のこだわりを実現するような、そういう現場であったようだ。1年足らず、実質数ヶ月の期間で用意した曲は9曲にのぼり、更にそれらを組み込んだ横浜アリーナでのコンサートも1から全て彼女が創り上げた。手がけたコンサートグッズも相次いで完売し、著書も重版出来。一応書き加えると曲のクオリティはプロに引けを取らないレベルで、とても初心者とは思えない。
協力した関係者でさえ漏らすが、正直こんなことになるとは思っていなかった。音楽プロデューサー宮本純乃介は半ば疲れ切っていた。しかし杏果はあくまで楽しくて、止まらなくなってしまって、情熱の赴くままに、苦しみさえも力に変えて、作品を生み出し続けたのだ。それはクリエイションの本質だろう。
しかも杏果が凄いのは、全ての創作活動のベースに"自らの夢の実現を目指しつつ、きちんと客のニーズも把握・推測して落とし込む"というスタンスが横たわっていることだ。さらに共同制作者への感謝も並の表し方ではない。杏果は本物のクリエイターだ。

以下、クリエイターとしての杏果のメインの活動である楽曲制作に焦点を当てる。
上記のような激動の制作を終え、ついに杏果の楽曲は世に放たれた。ラジオで、配信で、コンサートで、CDで。曲は聴いてもらって初めて完成する、というようなことは自身も考えていたと見受けられるが、クリエイターとしての有安杏果がこの世に誕生したのは、みんなに曲を聴いてもらってからだろう。

その時杏果はどうなったか。
めちゃくちゃ喜んでいた。
生放送で初めて曲を公開したラジオ、有安杏果オールナイトニッポンR。1曲目のfeel a heartbeatを流し終え、笑みを含んだ声で曲紹介を終えるや否や「ふあーっ!ちょっとー!みんな、初めて聴いたんだよね!?」とテンションを上げていたのが懐かしい。曲をかける度にTwitter上の感想に目を通し、喜びを滲ませながら紹介していた。とにかく聴いてもらって反応を得られることが、お褒めのメールを貰えることが、嬉しくて仕方がない。そういう様子だった。
「みんないろんな感想を書いてくれてて
自分が作った曲名を検索してみたりして
みんなの声をきいてるよー」
そんなテンションは、ついに迎えたコンサートで爆発した。自らが生み出した楽曲を、イキイキと、キラキラと、跳ね回るように届ける杏果の姿を思い出すだけで笑顔になる。カバーしたももクロ楽曲の盛り上がりに嫉妬する様子すら見せ、自作曲への愛を覗かせた。
コンサート後には楽曲配信やカラオケ配信が追加され、どんどん曲が世に広まっていった。憧れのアーティストたちにCDを渡すことも出来た。和田アキ子さんに褒められたりもした。BRODY10月号掲載のロングインタビューによると、コンビニで曲が流れたという情報やファンが曲を弾いてみた動画などもネットで拾い上げ、いたく感動しているようだ。

聴いてもらえること。歌ってもらえること。活かしてもらえること。全てが嬉しくて嬉しくて、生の声を聞きたくてサーチする。頑張って作った曲たちがちゃんと届いているという現実に、きっと何度も何度も感極まって、感謝している。
ここでとあることに気付く。
私の知っていた今までの杏果は、何をサーチしていたのか。

私が見てきた杏果、すなわちパフォーマーとしての杏果は、歌手として凄まじい高みを目指すストイックな人だった。
歌唱には相当な準備期間を費やし、限界まで練習をして臨む。テレビで歌えばその夜に録画を見直し、ライブで歌えばその夜に音源を聴き直し、徹底的にダメ出しをする。どんなにスタッフが褒めようと、鍛え抜いてきた自分の耳で聴いてダメなものは、ダメ。上手くいったような時も舞い上がらず、冷静に分析し、確実に改善する。
とはいえ決して独りよがりではない。先生の指導を柔軟に受け、愚直に実践する。そしてなによりも、聴かせる相手であるファンの言葉を積極的に閲覧する。
しかしブログのコメントやツイッター上に並ぶ感想を喜んではくれるのだが、上記のようにストイックな杏果が本当に求めているのはむしろ厳しい指摘だと言う。
私としては、杏果が命を懸けて準備してきた歌がまるっきりダメなわけがなく、必ず一つは褒める点があると考えている。そもそも評価するために聴いているわけではないため、心に響いたら素直に褒めたくて仕方がない。しかし杏果は絶賛に甘んじるよりも改善点に着目したい。客にすら厳しい声を求め、未来を目指す。それが寂しいだとか、この声をちゃんと聞いて欲しいだとか言うつもりはない。ただ、そこまで自分を追い込んで大丈夫なのか?自分の仕事を褒めることはあるのか?と少しだけ心配していた。

そんな矢先、新たに私の前に現れたクリエイターとしての杏果は、自分の仕事について嬉々としてサーチしては感激しているように見える。日記によれば制作中は自己嫌悪に苛まれる場面も多かったようだけれど、完成後の発言からはもう卑下の精神を感じ取れない。
まあパフォーマーとしての杏果も嬉々としてサーチするだろうし、クリエイターとしての杏果も厳しい声を求めているかもしれないため想像の域の話にはなる。しかしやはり、エゴサーチの質は決定的に異なるように思えてならない。
クリエイターとしての杏果は、褒め言葉に注目し、好評価を素直に受け入れ、絶賛を喜ぶことが出来るのではないか。

なんだかそれが、杏果が創作活動を始めたことによる一番の効能な気がしてならない。どこか危ういまでに自分を追い詰めてきたパフォーマーが、クリエイターを兼ねることで好評価を喜べるようになった。杏果の中で上手い具合にバランスが取れて、安定したのではないか。これが、杏果がクリエイターになった意味として、私が見出したものだ。

パフォーマーとしての杏果にはゴールがない。今日歌ったら明日はもっと上へ。一つ一つの歌を届けること自体が使命なのだが、それをよりよく遂行するための歌唱力はいくら磨いても磨く余地がある。ひたすら自分との戦いが続く。
クリエイターとしての杏果は、練り込んだ末に楽曲を完成させれば後はパフォーマーの杏果に渡すだけだ。その作品を改善する余地はなく、次回作のために厳しく反省する意味もない。 楽曲自体は多くの人々と共に完成させるため、集団的な自信や誇らしさも生ずる。
実態は分からないが、おそらく二者はそのようにして確実に異なる性質を持つ。杏果の中で、パフォーマーの杏果とクリエイターの杏果がバランスを取りながらも互いに良い影響を与え合い、コンサートではタッグを組んで爆発する。杏果のそういう人生がスタートラインを越えたのだ。これこそが喜ばしい。


結局、自分を褒めずに厳しい指摘を探すあの杏果が、自分の作品に舞い上がって楽しくエゴサしているらしいのが私は嬉しいのだ。嬉しいし、どこかほっとした。
私の理想の杏果が具現化したことよりも、杏果が幸せになっていることの方がずっと大切だ。だからこんな推察を書き殴った。

今回私は昔からの考えに基づき安易に「パフォーマー」「クリエイター」と分けて書いたが、本来の杏果はもっと多くのタイプを兼ね備えているはずだ。きっとクリエイターとしての杏果の誕生は全ての杏果に好影響を与えているだろう。余談だが写真撮影も杏果の私的な創作活動として認められる。
他のタイプと言っても語彙力がないため「エンターテイナー」「21歳の女性」くらいしか浮かばないのだが、確実に言えるのは「アイドル」であることだ。むしろ杏果の持つ全ての属性を包括しているのが「アイドル」なのかもしれない。「パフォーマー」と「クリエイター」の杏果の根底にも「アイドル」があり、具体的にそれはファンに寄り添う姿勢に代表される。
アイドルというカテゴリーで杏果を見ると、パフォーマーとしてもクリエイターとしても私が心から信頼することが出来るアイドルは杏果だけであり、両方に秀でながら総合的な活動を高め続ける能力を持つアイドルは杏果しかいないレベルで稀なのではないか、ということに考えが及ぶ。そういう視点を加えると、パフォーマー兼クリエイターであるという以上に杏果は面白く、唯一無二の価値を有している。

杏果が幸せで最強。パフォーマー兼クリエイターの杏果がいるこの世界は、過去の私が想像していたより遥かに桃源郷だ。しかもこの世界は始まったばかりで、これから永らく続いていく。未来の杏果がどうなっていくのか、1年後の姿ですら今は想像することが出来ない。
相変わらず無数の緑の粒の一つを担っているであろう未来の私も、度々こんなブログを書いては、今の私に教えてみたいと笑うのだろう。

杏果へ

今日のVol.0は、杏果をいつ好きになった人が観てもああっっってなるライブだったと思う。私は昔の杏果に関しては過去としてしか知らなかったけど、小さきものとかKiss youでボロッッッッボロに泣いたから、当時応援していた人が見たらやばかったろうなと。でもももクロの曲やてんかすの曲、旧ソロ曲と新曲、全てあって、誰にとっても「杏果を好きになった時杏果が歌っていた歌」がきっとあって、だから杏果の人生に関わってきた全ての人の胸に届くライブだったんじゃないかなと思う。子役として、ダンサーとして、P-Aメンバーとして、ももクロメンバーとして、てんかすメンバーとして、そしてシンガー有安杏果として、いろーーんなことがあって、たくさん泣いてここまで頑張ってきたこれまでの杏果の、完璧なる集大成だった。だけど新曲を歌いながら跳ねて笑う杏果がすごく楽しそうで楽しそうで、今までの杏果の全てが報われたんだなという気がした。良かったねって心から思った。だけどだけどバンドさんに囲まれて洋楽歌う杏果はすんごく新しい魅力を放ってて、未来も見えた。過去も今も未来も詰まってたんだなって。そしてそれを取り囲むのはものすごいあたたかい空間。広いような狭いような横アリに、家族みたいに集った人たち。見渡す限りの緑の海。後から聞けばももクロメンバーもいたし、お世話になった色々な人がいたんだね。その場にはいなかっただろうけどお花を贈ってくれた大物の方も沢山!イノッチの名前を見た時は泣いたよ!杏果はそんな沢山の、杏果のことが好きな人たちに見守られながらVol.0をやり遂げた。全ての人たちにありがとうを届けきった。"ここから始まっていくんだ、って気持ちかも"って思った。私は、杏果のこれからを絶対に観続けるんだ!って誓った。杏果の人生が奏でる歌を、未来永劫聴き続けたい!って強く願います。横アリを走り回った杏果は、いつだってファンと手を繋ぎあってくれている。この手を絶対に離しちゃいけないと思った。ココロノセンリツはもちろん、杏果が立つステージ、杏果が届ける歌を全て受け止めていきたいよ。最後に。杏果さん。夢を叶えるあなたはとってもキラキラしていて、かっこよかったりかわいかったり、大人っぽかったり美しかったり、楽しそうだったり嬉しそうだったり、音の中で沢山の顔を見せてくれました。夢を叶えるってそういうことなんだと、生きるってそういうことなんだと、感じました。歌もダンスもギターもドラムも超超超良かったです。新曲全部良かったし「ハムスター」は天才的でもう大好きすぎます。ていうかセトリ見てちゃんとした感想書けば1万文字でも書けます。本当色々良かった。でもTo Be With You一緒に歌えたのが一番嬉しかったかもです。終わっちゃったのが寂しいけど、ずっと目指してきたソロコンサート、横浜アリーナのど真ん中、ついに叶えたんだね。全曲やりきったね。なんだかんだ緊張してたのでホッとしました。本当にあなたは素晴らしいです。お疲れ様でした!家帰ったらお手紙読んで日記書いて寝ます。ありがとう。また会おうね!

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杏果作詞して!続編 〜 #有安杏果ANNR 〜

前編→http://mcz1016.hatenablog.com/entry/2016/06/13/231525

(内容を振り返ると、「杏果作詞して!」。以上だ。)

 

6月12日午前3時からの2時間を、生涯忘れることはないだろう。

ついに始まった有安杏果オールナイトニッポンR。真夜中に生放送で杏果の声を聴くドキドキ感、それを大勢のモノノフと共有しているワクワク感、いよいよ曲が公開されることへの期待と少しばかりの焦り。色んな感情が渦巻く中、その瞬間は思いの外早く訪れた。

 

早速曲を流しま〜す。(と言ったかどうか覚えてはいないがそんな感じだろう)

 

え???

 

ええ???

 

い、今???

 

なんか、4時くらいちゃうの???

 

始まったばっかやで???

 

ギターで作曲してうんぬんかんぬん〜Aメロの「大事な」をどうするかで1日中うんぬんかんぬん〜

その曲を今流すと言う。

 

覚悟もなにもさせてくれないのだ。もう行くしかないのだ。

正直少しだけ不安だった。あれだけ期待してきてもし万万万が一期待外れの曲だったら、どうやって受けとめよう。どうやって絶賛しよう。一度聴いてしまったら、おしまいじゃないか。

なんて。

あとは素直に、大きな夢が叶うことへの緊張感で一杯だった。

 

いよいよ曲が始まる。

覚悟を決めよう。

よし!

 

スタートラインに立って

空向けて手をかざして

始まりの予感

あなたと感じたくて

目の前に散らばる

音の魔法のカケラを

一緒に浴びていこうよ

Ah feel a heartbeat

 

・・・・・・

 

完敗だ。

 

この時点でもう、分かった。分かりきった。

これはやばい。

杏果の言葉が、杏果のメロディで、杏果の声に乗って、心に直接届く。

今まで体験したことのなかったそれは、あまりにも凄いものだった。凄いとしか言えない!

 

「feel a heartbeat 」全てが杏果に満ちていた。全ての言葉が嬉しかった。横浜アリーナの景色がもう見えた。涙が出るというよりは、涙すら出ない号哭という感じだった。何を言っているのか分からないが、とにかくそうだった。

ずっとずっとずっと夢見てきた瞬間が現実となった。夢の何十倍も素敵な現実だった。期待外れだったらどうしようなんて杞憂オブ杞憂だった。作曲も素晴らしすぎて驚いた。身動きが取れなくなった。

 

杏果は流石ラジオの申し子で、やっと曲を聴いて貰えたことに興奮しながら面白いトークを繰り広げていた。

ごめん、正直全然頭に入らなかった。

待ってくれ。時間をくれ。ちょっとこれは無理だ。あまりの衝撃、あまりの感動。何も考えられないよ。

そんな私の心など待たず、杏果はすぐさま次の弾を撃ってきた。今度は・・・機関銃だ。

 

新曲、9曲あります。

録り終わった8曲を今日全部流します。

 

 

 

 

あ、死んだ

 

 

 

 

新曲が4曲だけだと、誰が言った?

確かに誰も言っていなかった。杏果はミューコミプラスで4曲分の作者を発表しただけだ。追加があったとしてもまあ1曲くらいで、全5曲かななどと信じ込んでいた私。アホ野郎!

流石に9という数字の威力は私の耳を貫き、さっきまで全然話を受けとめていなかった脳にちゃんと届いた。いやそれ以上に、今日8曲流すというのが衝撃だった。1曲でこのザマなのに、8曲って・・・。恐ろしかった。

杏果は8曲の作者を読み上げていく。[Alexandros]さん!?風味堂さん!?小谷さん(はそんなに知らなかったすみません)!?へ、へえ〜〜〜〜〜〜!と言いつつももうなんというかそれどころではなかった。わけがわからないよ。

 

そうこうしているうちに次の曲へ。

3年前に作曲出来る友達に出会って一緒に曲を作ったという「Catch Up」

最初のフレーズを聴いた瞬間、ああこれモノノフに向けた歌だ・・・と胸が一杯になった。実際に曲終わりに「これはモノノフさんを想って〜」と説明された時本当に嬉しかった!これも全て杏果の言葉だ。日々エゴサをしている杏果だ。そして曲が・・・めっちゃ良い。なんてことだ。普通に例えばMステに出ていてもおかしくない出来だ。杏果・・・!

あまりの感動にもはや精神が遠のきそうになった。2曲目もこんなにやばいものなのかよ。最後まで聴いた時私は生きているのか??

 

3曲目、「ペダル」

完全に杏果が一人で作詞も作曲もした歌だ。

杏果の心の少し暗い部分、負けそうになる弱さ、それでも強く在ろうとする信念、明るく駆けていく爽やかさ、自分を貫いていく意志、そんなものがギュッと詰まった、杏果の歌だった。全ての言葉が好きだと思った。多分私は死ぬまでこの曲を愛するだろうともう確信した。

そして杏果が鼻歌で作曲したというこのメロディー、えげつなく良かった。唖然。あり得ないレベル。もはや怖い。はっきり分かってしまった。

杏果は作曲でも天才だった!

 

4曲目、「心の旋律」

タイトルを言われた瞬間うわあああと発狂しそうになった。ココロノセンリツ!!!ライブタイトル!!!まじか!!!

 

あの夢は叶わない

あの子にも敵わない

 

第一声、そう歌われた瞬間心臓をギュッと握りつぶされたような気がした。

杏果が、そんな歌詞を。

特に"あの子"には鳥肌が立ってしまった。真意は分からないがこれを聴いた瞬間にパッと一人が思い浮かんでしまったのだ。よく考えると流石にそれはないのかという気もするため書かないが。

 

この曲は、杏果の願いそのものだ。杏果の心の旋律だ。

歌いたい 歌いたい

ブワーーーーーっと鳥肌が立った。これほどまでに有安杏果な曲がどこに在ろうか。

もう限界だった。

 

楽しいトークも挟みつつ5曲目「Drive Drive」へ。

この頃にはキャパオーバーで瀕死だったが頑張って聴いた。

この曲、めちゃめちゃ良い。めちゃめちゃかっこよくて今聴くとサイコーすぎるのだが、正直この時はおお!と驚くばかりでピンとこなかった。

杏果が自分で紡いだ言葉の衝撃があまりにも大きかったせいだ。

この後続く提供曲、曲自体も歌い方も最高なのだ。6曲目「裸」は大人な新境地で、7曲目「愛されたくて」はジャジーで可愛らしい新境地。大変びっくりした。

でも、杏果の言葉を1ミリも残さず拾おうというモードに入っていた耳では、音楽として上手く聴けなかった。勿論今聴くと最最最最最高の3曲だから、またきちんと感想を書きたい。今回はあの日の記録を未来の自分に残すという意味でここまでにしておく。

 

夜が更ける、というか明けていくにつれ、段々とハイになってきた。

最初は頭が混乱してまともに聞けていなかったトークも、きちんと楽しめている。

アコギで即興で歌を作るコーナーは圧巻だった。そんなことも出来てしまう杏果が誇らしい。

 

空は明るい。放送の終わりが見えてくる。そしてついにこの日ラストとなる8曲目、「Another story」の番が来た。

もう分かっていた。次の曲は宮崎誠作曲だ。宮崎誠さん、アニオタとして知っている曲ばかりを手掛けていらっしゃり、ミューコミプラスで名を発表されてから狂ったように楽しみにしてきた。ついにその時が、来る。

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・

 

す、

 

凄い

 

 

杏果の本音が心に流れ込んできた。宮崎さんの秀逸なメロディーに乗って。

この歌詞は流石に、やばい。この時の、言葉が心に刺さった跡は、永久保存版だ。

そう。こういうことだ。これなんだよ。

 

杏果が作詞をしてくれて良かった!!!

だから言ったんだ杏果作詞してと!!!

 

 

ああ、嬉しい。

生きてきてよかった。

番組も終わり際、CMの間、今までにないほど幸せな気持ちになっていた。

杏果を誇りに思う。

杏果を応援してきて良かった。

ありがとう杏果。

 

とこのまま昇天してラジオが終わるかと思っていた。甘かった。

CM明け、声の響きが違う。ニッポン放送のロビーに場所を移動しましたと言う。どういうこと?と聞いていたら

 

アカペラで歌います

 

 

 

チーン

 

あっしぬ

 

まさかのアカペラで「心の旋律」だ。全身を耳にして聴き入った。

 

あの夢は叶わない・・・

 

・・・

 

いや

 

いや

 

 

いやいや

 

 

 

素晴ら

 

素晴らしい(号泣)

 

ロビーに響き渡る伸びやかな歌声、力強くぶつけられる「歌いたい」の叫び、朝5時、2時間のラジオ後、アカペラ、一切ぶれることのない歌唱、細やかに効くビブラート、全ての感情を電波に乗せ切り、リスナーの耳元に流し込むような、圧倒的で、美しい、心の旋律だった。

 

有安杏果

 

という、唯一無二のシンガー。

その存在ごと、永遠に刻みつけるような、そんな気迫を感じた。

 

もっと単純に言えば

 

歌うまっ!

 

音源を聴いていく中で、いつも聴いていた杏果の歌声より高くて力が程よく抜けていて自由な伸びやかさを感じるなあと、変化を感じていた。それは明らかな進化であって物足りないということもないのだが、もともと杏果といえばもっとドン!というイメージがあった。

アカペラでは、進化はそのままに、芯からドン!とした神々しい圧倒感も十分に放たれていた気がする。なんというか。ちょっとレコーディング版の杏果に失礼な気もするが、そうではなくてなんというかまあとにかく生歌は最高。

とりあえず本当に素晴らしい歌唱だった。杏果はついにここまでの次元に来てしまったのだ。というかこれを横浜アリーナで聴けるとはなにごとだ。

 

心の旋律に打たれ、呆然としているうちに惜しむ暇もなく放送は終わってしまった。あ、ば、バイバイ!?といった感じで。

杏果の言葉が、杏果の想いが、ぐあーーっっと胸の中を渦巻き続けている。

真っ先に録音を整理しながら、しばらくそうしていた。

それから自然と眠りに就いた。

 

目が覚めた時、ああ、なんて幸せな明け方を過ごしたのだろう、と真っ先に思った。

杏果と一緒に夜更かしをし、ハイになり、曲の初公開に興奮し、ライブへの思いを募らせ、というあの時間こそが大切な思い出になったのだと気付いた。

今まで味わったことのない世界がそこにあった。あの2時間を区切りに世界は完全に変わってしまって、今私は新しい目覚めにいる。

大きな夢が叶った翌朝。これからの世界は杏果の歌と共にある。そのスタートラインが6月12日の明け方だった。私は忘れない。ずっと忘れない。杏果作詞して!と願っていた日々も、決して忘れない。

杏果作詞して!

私が杏果を推し続けてきた要因のひとつ、それもかなり大きなひとつに、ブログがある。

明らかにファンを深く思いやりながら丁寧に丁寧に紡がれた言葉の数々に、何度救われ、何度癒され、どれだけのパワーを貰ってきたことか計り知れない。

ももパワー、それは杏果推しにとって酸素か水分か。枯渇すれば則ち死、恵まれた瞬間屍は息を吹き返す。

充電所とはそんなももパワーを補給させて頂く場所であり、杏果との心の交流を楽しめる大切なオアシスだ。

 

ももパワー充電所に通いつめて早4、5年。ももパワーは日々の糧となり、心の交流は杏果への我が愛をどんどん強くしてきた。と同時に私は、杏果の紡ぐ言葉そのものの魅力を否応なく突きつけられてきた。

その中でもずっと忘れられないのは「夏の時間」というブログだ。

http://s.ameblo.jp/ariyasu-sd/entry-11327012893.html

 

 (「夏の時間」より一部引用)

 

部屋から
窓ガラス一枚隔てて
夏の晴れわたった景色を見るのが好き

一歩外へ出たら茹だるような暑さとわかってて
今、快適な時間を過ごしている自分に
ちょっした贅沢と喜びを感じる

だけど窓ガラスから見る
外の強い日差しに照らされた
くっきりとした明るい景色が
暑いけどやたらキラキラ煌めいていて
輝いていて

結局時間が経つと
暑いのわかってるんだけど外に出たくなって
扉を開けて外に出てしまう

なんか少し人生と似てる気がする

 

(ちょっした は ちょっとした の誤字だが、それもまた可愛い)

 

・・・これを読んだ時の衝撃は今でも忘れられない。突然の詩人的なブログに何があった!?と動揺しながらも、その感受性と文才にいたく感動し、そして、そして強く願った。

 

杏果が作詞した歌を聴きたい!!!!!

 

この記事のコメント欄を見ると、私だけでなく大勢のモノノフが書き込んでいた。作詞をしてほしい、作詞とか出来そう、いつか作詞して!

 

その後も、杏果作詞して案件は続いた。

というか全てのブログが[杏果作詞して案件]である。逆にその中から敢えて取り上げるレベルの記事は夏の時間しか思いつかないのだが、一応他にも例を挙げる。

http://s.ameblo.jp/ariyasu-sd/entry-11626572124.html

 

(「秋だね。。.:*:゜☆」より一部引用)


最近なんかぁ
いろいろ懐かしい人に出会って
しみじみすることがよくあるー

あぁ・・・・・

秋だなぁ.:*:゜☆


んーでもって
あるとき急に、ハッと

今みんなと出会ってこんな幸せでいる自分に
ちょっとビビってみたり(* *)

なんか信じられない現実に
夢を見てるような感覚に陥るときがある

でも、時はそんなこと考えてる暇もなく
光のような速さで流れていくわけで・・・

ほんとっアッという間だな、一年なんて・・・

 

やりたいことはまだまだあるし
夢は果てしなく広がってるんで

やっぱそこは、失敗をおそれず
今までと変わらず
思ったことには全力で向かっていける自分で
ずっとあり続けたいと思うでありやす


長~いトンネル抜ける時の
あの白い光りが見えてくる瞬間が
最高に好きだから

 

 

もう一つ引用する。

http://ameblo.jp/ariyasu-sd/entry-11914741158.html

 

(「今年もやってきた・・・」より一部引用)

 

8月もラスト一週間・・・


毎年この時期になると

早く夏のうちにすませなきゃって
妙に焦り出してみたり・・・


祭りのあと、みたいな
花火のあと、みたいな
なんかちょっと寂しい気持ちや


なんとも言えない独特の気持ちになるよね(・Θ・)


また来年も夏は来るのに・・・


今年の夏はひとつしかないから



やっぱ大事な思い出
ずっと忘れないよう閉じ込めて
夏のままでいたい!!

なんて、どっかで思ったりして


ふっと感傷にひたってみたり^^;



この時期の空気


心がなんかざわつく感じ


夕暮れに敏感に反応してしまう自分


どれもこれも
この独特な感じ・・・

なんとも言えない感じがすっごい好き☆

 

 

 

この感受性。

この文才。

 

杏果作詞して!

 

杏果がジャニーズ事務所のアイドルであったならば、うちわにそう書いて振ったことだろう。

 

さて、杏果の感受性と文才を高めている原因と思われるものはすぐに判明した。

日記だ。杏果はずっと日記をつけていた。

日常のあれこれ、気持ちが動いた些細な瞬間を言葉にし続けてきたのだろう。日記をつけていると感情を言葉にする行為に長けるだけでなく、言葉にすることを意識して生活するが故に感受性そのものも鍛え上げられると思う。恐らく。

杏果はブログに書いていない感情もしっかりと書き留めた上で、特に伝えたい言葉をブログに入れ込んできたのではないか。

だとしたら、杏果は今すぐ作詞をしても相当いいものを完成させる。私は確信した。杏果は絶対に、作詞に向いている。確信を帯びた願いは年々強固なものになり、「杏果のソロコンサートの実現」と共に大きな夢となっていった。

 

そしてついに「作詞」というワードが現実味を帯びて杏果の口から発された。

昨年9月に放送された「有安杏果へきくちから」にて、「2013年頃から作詞ノートに作詞をしている」と杏果自身が明かしたのだ。

それに対してきくちPさんは「こんな感受性豊かな子が言葉を残さないのは勿体無い」と言った。

 

きくちP!!!

よくぞ言ってくれた!!!

あんたは天才だ!!!

 

その後もきくちPが杏果に詩集を貸したりと、なんとなくいい感じの雰囲気になってきた。

それでも私は、正直、全然、実現するとは思っていなかった。あれだけ作詞して欲しいと言っていた割には、あまりにも大きな夢すぎるからか、遠い未来の話のようにしか捉えられずにいた。ソロコンもそうだ。いつか叶えるから待っててね、と言われて2年後3年後を予想していた。作詞はもっと先、10年後20年後レベルで考えてしまっていた気がする。

 

いつか。

 

そんな矢先、まず「いつか」のソロコンが「いつか」ではなくなった。

(2月上旬に購入した「日経エンタテインメント!2016年3月号」より一部引用)

今年は目標のひとつだったソロコンサートも実現できそうです。このタイミングでというのは、事務所の人に勧められたわけではなくて、自分で「もうやりたい」と言い出したのが大きな理由です。

 

・・・えっ!?!?今年!?!?やるの!?!?うっそ!?!?えっえっは!?

 

文字にはしづらいが相当驚いた。天地がひっくり返るほど驚いた。

2月上旬と書いたが多分2月3日だ。

 

そして・・・それから間もない2月20日。DOME TREK初日の名古屋ドームから流れてきたレポートを読み、時が止まった。電車内で涙を堪え切れなかった。本日の重大発表、

 

有安杏果ソロライブ

2016年7月3日(日)

横浜アリーナ

 

・・・!?!?!?!?!?!?!?

 

えええええええええええええええええ

7月ううううう早っっっっっっっっっっ

よ、横浜アリーナあああああああああ

 

それはそれは感動した。本当に嬉しかった。杏果の夢が叶う。こんなにもすぐ叶うなんて。もう本当に嬉しかった。嬉しかった!ここには書き切れないくらい。宇宙がひっくり返るほど。

 

ただこの時点では作詞のことなど頭にはない。相変わらずそっちは夢物語として考えていた。というかもはやソロライブの衝撃で忘れかけてしまうくらいだった。のだが。

 

1ヶ月も経たず、3月13日、それは京セラドームから流れてきた。本日の重大発表、

 

有安杏果

ソロコンに向けて

作詞作曲のソロ曲 1曲以上準備中

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

もはや衝撃を通り越して、"無"だ。

い、今?????

夢見たいつかがここにある。

それはそれはそれは、驚いた。

え、ていうか、"作曲"も・・・?

え?

え?

 

・・・・・・え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから3ヶ月。

杏果はソロライブとソロ曲に関して煽って煽って煽って煽って煽って、私は煽られ煽られ煽られ煽られ煽られ、という怒涛の日々を過ごした。

ありがたいことに、ソロライブ「ココロノセンリツ〜Feel a heartbeat〜vol.0」には奇跡的に当選した。嬉しいという次元ではなかった。

少しずつ開示されていくココロノセンリツ情報、ブログで紹介される曲製作風景、ココロノセンリツも、杏果が作った曲も、楽しみで楽しみで楽しみで、夢のような心地の日々だった。杏果も、夢のようだと言った。

 

そしてついに、6月8日、杏果が出演したラジオ番組「ミューコミプラス」にて、楽曲の製作陣が発表された。

 

①作詞:有安杏果 作曲:武部聡志
②作詞作曲:有安杏果(鼻歌で) 編曲:本間昭光
③作詞:有安杏果 作曲:宮崎誠
④作詞作曲:有安杏果(ギターで)・多保孝一 編曲:Jin Nakamura

 

ついに、杏果が、本当に、実際に、作詞作曲をしたという、事実を、はっきりと、突きつけられた。

もちろん作編曲陣にも圧倒されたのだが、それが一番大きかった。嬉しかった。(ただ、宮崎誠さんの名にはアニオタとして死んだ。)

 

 

 

 

そして・・・

 

6月12日午前3時。仮眠もとらずに起き続けてしまった。

有安杏果オールナイトニッポンRが始まる。

この生放送で杏果の新曲が初公開されることは前々から聞いており、どんなに眠かろうが聴き逃す訳にはいかなかった。

 

しかしこの時まで、私は甘かった。

何故か思い込んでいたのだ。

公開されるのは1曲、と。

流れるの4時くらいかな〜などと。

 

あの時の自分にはっきり言ってやろう。

 

 

お前、

死ぬぞ!!!

 

 

(続く...?)

 

追記

続いた→http://mcz1016.hatenablog.com/entry/2016/06/14/140840

ももクロメンバーにやってほしいお仕事

先日公開されたMONTHLY AE 5月号のインタビューにて、有安さんが「他のメンバーにしてもらいたい仕事」を語っていらっしゃった。ファンクラブ限定であるため一応詳しくは書かないが、玉井は雑誌のモデル、あーりんはお菓子のCM、れには演技の仕事、百田は声優、だという。それがあまりにも面白かったため便乗して私も考えてみようと思っただけの妄想メモを以下に記す。いつか叶った時に預言者を気取るためだ。

☆☆☆☆☆

朝ドラ「べっぴんさん」の撮影中であるリーダー夏菜子。ソロ仕事は彼女が一番多く経験してきたように思う。度々バラエティのゲストに呼ばれたり、「メレンゲの気持ち」のレギュラーを務めたり、真面目な番組の司会をしたり、スポーツ番組のナレーションをしたり、とにかく今までのテレビ露出が最も多いことは間違いない。更に雑誌のモデルでは普段の夏菜子とは違う大人びた美を放ち、モノノフを驚愕させてきた。

そんな夏菜子にやってほしい仕事として、杏果が提示した「声優」は案外盲点であった。言われてみればめちゃめちゃ声優だ。声優みある声をしている。CD音源に収録されているセリフの素晴らしさをすっかり見落としていた。声の表現力が凄まじすぎる。「私たちが、ここに、いる」「ここにいるよ、ずっとここにいる」「私が地球を止めてやる!」「またね」・・・ああ、夏菜子に声優をやってほしい。
どんな作品で声優に起用されてほしいか、だが、まあ普通に、俳優が参加する系の一般向けアニメ映画で良いと思う。声優に挑戦してみました!→またタレントかよ!→あれ、この子凄くね???を狙いたい。良い感じの綺麗なアニメで良い感じの女の子の役をやってほしい。可愛い声を普通に活かしてほしい。

あとはストレートに女優としてもっと活躍してほしい。「天使とジャンプ」のカナエ、「幕が上がる」のさおりは本当に本当に名演であった。今回「べっぴんさん」の良子を通して更に演技力が磨かれてとんでもないことになりそうだ。
個人的には、何か難病を患った女の子の泣けるストーリーを演じてほしい。ドラマでも映画でもいいのだが、24時間テレビのスペシャルドラマが理想だ。夏菜子が難病の少女を演じたらガンガンに泣く自信がある。分かるだろう。あの夏菜子が・・・ああ、想像だけで涙が・・・。

演技系以外の仕事では、天才的な頭脳を活かしてクイズ番組の定番的存在になってほしかったり、身体能力を活かしてスポーツ系のバラエティで活躍してほしかったりする。正直言って24時間マラソンを走ってほしい。

芸能とはもはや関係ないが、書道家的なこともやってみてくれないかなとも思う。夏菜子の書は独特で味があり、芸術として十分通用する気がしてならない。作品集が出たら買う。
かなり将来、独白本を出してくれたらそれもめちゃめちゃ買う。
服のセンスが異常に良いため服系の仕事を、いやいっそブランドを作って下さいとも思う。
最後に、ドームトレックで披露していたフープダンスがはちゃめちゃ綺麗だったため極めてほしい。


ソロコンサートを誰よりも先に開催したれにちゃん。聴けば分かる。素晴らしいシンガーだ。どのような展開でもいいが、歌は活かされてほしい。いや正直CDは非常に欲しい。
ドームトレックでのタップダンスが良かったため、タップの魅力を広める活動を引き続き行ってほしいと思う。
夏菜子のようにテレビで目立ったソロ仕事をしてきたわけではないが、それは実にもったいないことだ。ということで考えてみよう。

夏菜子の欄に声優声優と書いておいてなんだが、れにちゃんも声優をやってほしい。それを言ったらあーりんもなのだが。
れにちゃんはあり得ないほど声がいい。杏果が羨ましがるスウィートボイス。声優というよりはラジオに向いているのかもしれないが、杏果の言った演技の良さも加味して声優もどうかやってほしい。(もちろんラジオもやってほしい。これは昔からモノノフ皆が思っているだろう。)
れにちゃんの場合、深夜アニメが良い気がする。ももクロには他のスタダのグループと違ってオタクがいないが、そんな中で好きな漫画を挙げろと言われて一番オタク寄りの回答をしてくれるのがれにちゃんだ。なんとなく夏菜子が深夜アニメに出るとなると「おいおい」となるが、れにちゃんなら「おっ!いいぞ!」となる。これは私がオタクだから感じることなのかもしれないが。
とにかく深夜アニメで、なんかしらの美少女を演じてほしい。出来れば物語のキーとなるような、謎の大人しい美少女・・・いや美女。さりげなく声優陣に混じって最強の声を届け、オタク共をビビらせてやってほしい。なんていう妄想。

女優としては、また夏菜子と被るが24時間テレビのスペシャルドラマ的な難病少女を演じてほしい。なんだろう、この2人の純真さをそのまま演技に表出して私を泣かせてほしいのだ。
またはれにちゃん、戦時中の少女でもいいかもしれない。なんだか可哀想な役ばかりで申し訳ない。菩薩みを感じるような役がいいなあ。
もしくはガルル系の超絶明るくて楽しいキャラを主人公として演じてほしい。ゴールデンのドラマで。最強だ。

バラエティ面では、やはりぶらり高城れにの良さをお茶の間に放ってほしい。昼時に旅番組か散歩番組を持てれば最強だ。もしくはほのぼの感をもう少しなくして世界ふしぎ発見のレポーターもいい。お茶の間のお母さんやお婆ちゃんが見れば絶対に親しみを持つ人柄だ。どうか世間に見つかってほしい。

ブログやQJを読んでいて、彼女の言葉もいいなあと思うため、作詞をしてほしさもある。絵の味もあるためいっそ絵本の製作なんてのも良いのではなかろうか。小説の執筆も良いなあ。

そして最後に・・・モノノフが幾度となくれにちゃんに望んできたもの・・・シャンプーのCMだ。今は短くなったとはいえやはり美麗な黒髪。綺麗なお姉さん高城れにの魅力を全面に解き放つべきだ。シャンプー会社の各社様は是非急いでほしいと思います。


あーりんは、そもそも幼少期はあーりんとして活躍していたわけだ。ソロ仕事もお手の物だろう。
ももクロに入ってからは聖闘士星矢の声優が非常に印象的だ。ナレーションの仕事もとにかく素晴らしい。キルマニアファミリーではお姫様のような可愛さを存分に活かしてくれた。バラエティにもちょくちょく登場する印象がある。
あーりんはもっともっとどこまでも輝いていけるだろう。

まずは、3回目になるが、声だ。
声優の仕事を再びやるとしたら、作品はなんでもいいのだが、なんだろう、低めの声で演じるのを聴いてみたい。
ただ私としてはあまりにもナレーションが好きであるためナレーションをとにかくやってほしい。夏菜子、れにちゃん、あーりんと「声」を活かしてほしい旨を書いたが、正確には夏菜子は声優、れにちゃんはラジオ、あーりんはナレーションが向いているのでないかと素人目線では思う。ナレーションする番組はなんでもいい、むしろ色々な番組で聴いてみたい。

演技においてもあーりんはなんでも演じられそうで、特にこれ!と言った欲はない。なんでも見たい。でも、めちゃくちゃな悪女は見てみたい気がする。振り切った演技が見たい。

バラエティ面では、教育番組だ。れにちゃんはお母さんやお婆ちゃん受けする番組に出てほしいが、あーりんは反対に子供受けする番組に出てほしい。あーりんは母性に溢れすぎている。あーりん推しのちびっ子の多いこと多いこと・・・!なんらかの教育番組を期待したい。

杏果はあーりんにしてもらいたい仕事として「お菓子のCM」を挙げたが、それはすごくいい!食レポもいいし、食にまつわる仕事はとても良さそうだ。あーりんクッキングのイメージも大きいのかもしれない。
あーりんの可愛さとお菓子の可愛さを結びつけた可愛いCMが放映された日には泣いて喜ぶ。その企業様に投資しまくる。

ステージに関して言えば、ダンスが良すぎるためいっそダンスでソロ仕事があればいいのにと思う。バレエも見てみたい。ダンスといえばもし出来るのならば振付けに挑戦してみてほしい。
エレキギターは様になりすぎていて最高だ。どんどん極めてかっこよく降臨してほしい。
注目すべきは9月19日に予定されているAyaka-nationだ。あーりんのプロ意識、自己プロデュース力、そして最強の才能である、ステージ演出力。全てを込めた時、すごいことになる。歌い方もどんどん幅を広げてほしい。

あとはとにかく可愛さを活かして、可愛いブランドのイメージモデルを務めたり、可愛いブランドを生み出したりしてほしい。モノノフを超えて、全ての女子の憧れに。写真集ではない、エッセイ系のフォトブック的なものもいつか出してくれたらなあと思う。


なんとなく書き始めて気が付いたらしおりんのお誕生日が迫ってきたため、しおりんを最後のトリに書く。先に我が姫杏果だ。

杏果がももクロメンバーとして行ってきたソロ仕事は、ほぼ歌だ。これからもきっとそうだ。
幼少期は子役として、ダンサーとして活躍してきた杏果が、今、最強のシンガーソングライターとしての頭角を現しまくっていることは、もうなんというか、尊い。尊い人生だ。

歌に関してしてほしい仕事は、とにかくソロデビューだ。ソロデビューをし、CDを売ってくださいと毎日願っている。
シングル、アルバム、カバーアルバムも欲しすぎる。ありがとうのプレゼントを同じオケで再録した音源なんかも欲しすぎる。
憧れの人とのコラボシングルなんて出せたらもう何よりも最高だろう。秦さん!aikoさん!桜井さん!

ステージについてはソロライブであるココロノセンリツの開催が既に約束されている。彼女は死ぬまでと言った。
その中でとにかく色んな歌を歌って色んな楽器に挑戦してほしいというだけだ。ドラムを始めとして、究めたいものを究めながら、好きに突き進んでほしい。歌だけでなくダンスを活かしてくれると尚嬉しい。あとアカペラライブを観てみたい。
私としてはそれ以外にも、やはりソロデビューをして音楽番組やフェス等に単独出演してほしすぎる。そこで好きな人と一緒に歌う夢をバンバン叶えてほしい。何より有安杏果の歌を世界中に届けてほしいのだ。

というか私は、彼女の歌に関しては案外望みを持っていないなと気付いた。彼女自身が明確に欲を持って歌を頑張っているからかもしれない。好きなように音楽を楽しんでくれればそれでいい。私は杏果が飽きたと言わない限り、マイクを手放さない限り、ずっと杏果の歌を聴いて生きていく。それだけだ。

では音楽以外ではどうかというと、杏果が歌の次に沢山貰っているソロ仕事、ラジオだ。滑舌悪いだの話がまとまらないだの逆に全然話さないだの色々言われてしまっているが、杏果は一人で語り出すと非常に面白くて素晴らしい。音楽を絡めると更に素晴らしい。音楽を扱うラジオ番組を是非、歌手として持ってほしい。川上さんも杏果のラジオ向きな性質についてしばしば言及しているため、今後も継続的にラジオのゲストに出すだろうし、単独番組も夢ではない。(しかし杏果は挙動が可愛いからラジオではなく映像で楽しみたいという欲もある。)

音楽に戻ってしまうが作詞作曲も非常に楽しみである。今作っている曲も、これからの人生で作られていくであろう曲も。ゆくゆくは他者への提供を行ってほしい。桃色空を下さった堂本剛さんのように。ももクロやてんかすトリオの曲も作ってほしい。

私が兼ねてから杏果にどうしてもしてほしいと言い続けてきたことは、これはもう仕事でなくとも良いのだが、写真だ。杏果が自前の一眼で撮った写真を公開してほしい。欲を言えば、写真家有安杏果として写真集を出して欲しいくらいには思っている。もしCDを出すならば、ジャケットや歌詞カードに彼女が撮った写真を使ってくれたらもう、最高だろう。彼女がファインダー越しに捉えた世界をこの目で見てみたい。彼女の魂は歌以外にも滲むはずだ。私自身写真が好きなこともあり、これはどうしても願ってしまう。

演技の仕事では、常々、殺人鬼のような猟奇的な役やサイコパスな役を見てみたいと思う。それでは世間でのイメージが悪くなりそうであるためやってほしくない気もするが。要は杏果のエモーショナルな演技が胸に刺さるため、そういう役を見たい。杏果の演技力は本当にやばい。特に泣きの演技や叫びの演技はもっともっと評価されるべきだ。
もしくは透き通った美を活かす方向も良い。綺麗な感じのCMにも出てほしい。
かつての経験を生かすわけではないが、儚く微笑みながら筆談する女の子の役というのが一番見てみたいかもしれない。

ダンスでのソロ仕事も見てみたい。
ダンサーの仕事と言われても具体的には思いつかないけれど、和田アキ子さんの隣で踊る杏果という画がかっこよすぎたため、そういうのもアリだと思った。

そして・・・どうか、どうか、ミュージカルに挑戦してほしい。彼女が培ってきた演技、ダンス、歌、全てをぶつけるとしたらそれはもうミュージカルしかない。杏果がミュージカルに出ないまま一生を終えるなんて絶対に嫌だ。題材はなんでもいいから主演でお願いしたい。

あとは本を書いてほしい。杏果の言葉がなによりも好きだ。怒涛の生涯を清らかな本に記してみてほしい。いつか。

以上、思いついたものだけを取り留めもなく書いてみたが、実際は多分この5倍くらいあるだろう。


今これを書いている時点ではあと少しで21歳の、しおりん。
しおりんは天性の万能天才、今や器用大富豪まっしぐらなスタイル抜群美少女。やばい。おめでとう。
既にそれぞれの才能を買われてソロ仕事を貰っているが、今はまだ始まりにすぎないのだろう。

まず演技では、「幕が上がる」のユッコ役・劇中劇「銀河鉄道の夜」のジョバンニ役で大大大絶賛を得たのが全ての始まりであろう。誰もが認める美貌の持ち主であるため映像にも非常に映え、際立って凛とした立ち姿が舞台にも映える。特に舞台では平田オリザ氏に大変評価され、「東京ノート」のヨーロッパ公演出演を約束された程だった。
もうそのまんま、なんでもいいから舞台に出てほしい。主演を飾ってほしい。ドラマ「ストレンジャー」に出演したように映像にももっと出てほしいけれど、やはり舞台に死ぬほど向いていると思う。どんな役でも見てみたすぎる。
あえて見てみたい役を書くなら、申し訳ないが、スーパーサイコレズかもしれない。

繰り返し演技の話にはなるが、ちょっと違う角度から言いたいのが、スーパー戦隊のイエローをやってほしすぎるということだ。身体能力、ビジュアル、演技力、全部完璧。ネックは逆に知名度が高すぎて選出されにくそうなのと、拘束期間の長さだ。
スーパー戦隊でなくて仮面ライダーでもいい。私はスーパーヒーロータイムで育った身であるため、他の特撮ドラマのことは言えないが。しおりんには戦うお姉さんが似合いそうだから出てほしいという話だ。劇場版のゲストでも、アクションのあるキャラや劇場版限定ライダーならばいい。とにかく私は泣いて喜ぶ。

司会業はとにかくいずれゴールデンでやってほしい。私が見てみたいのは飯塚さんと2人でバラエティの司会をする姿だ。テレ朝以外で何食わぬ顔でやると尚面白そうだ。お茶の間の顔になってほしい。一方で、引き続き音楽イベントのMCも続けていってほしい。
また、MCをしなくても普通にバラエティセンスが尋常ではないため、古今東西の(?)バラエティ番組に出てその名を広めてほしい。美味しそうに食べる食レポも全国に届けてくれたらなあと願う。

そして杏果も願うモデル活動。本当に私からもお願いしたい。
OVERTUREのしおりんが大大大大大好きだ。あの路線でかっこよくモデルをしてくれたら私は泣きながら雑誌を買いまくる。
顔もスタイルも美しい。イケメンさと可愛らしさをどちらも発揮できる真の"美"を纏っている。それを誌面に余すことなく閉じ込めて、読者の視界に放出してほしいのだ。

音楽面ではその素晴らしいギターとピアノを引き続き極めていき、歌も磨いてなんだかすごいことになってほしい。今も十分すごいけれど、更に進化した姿を想像すると「なんだかすごいこと」としか言えなくなる。
数年前に言われていた「玉井詩織は覚醒したらやばい」が現実に進行している事実に震えが止まらない。しおりんのモノクロデッサンの幕はついに上がり、今、宇宙の果てまで染めあげようとしているのだ。

☆☆☆☆☆

各人もっともっと出せるはずなのだが、ここで筆を止めてしおりん生誕祭に備える。また思いついたら下に追記していこうと思う。
してほしいしてほしいと書いたが、一番大切なのは5人が5人とも「やりたいことをやる」ということだ。楽しく仕事をしてくれればそれだけでいい。そうすればももクロはいつまでも無敵だ。
とはいえ、この妄想からいくつが叶っていくのか、実に楽しみなものである。

雑記

もう、ももクロちゃんを使って自己啓発をするのはやめよう。
ももクロちゃんに恥じない生き方を模索するのをやめよう。ももクロちゃんに何かを学ぼうとするのをやめよう。ももクロちゃんの歌にいちいち意味付けをして聴くのをやめよう。

私は今までずっと、ずっとそうだった。ももクロちゃんが頑張っているのに私は・・・ももクロちゃんにこんなに沢山のことを学んでいるのに私は・・・と。だから時々すごく苦しくなる。
はたまた、ももクロちゃんのために行ける現場には行かなきゃ・・・誰かにももクロちゃんの良さを教えなきゃ・・・なんて、義務的に動いていたのも、本当は苦しかったんだ。
まともなブログを書かなきゃ・・・エゴサされて困ることは飲み込まなきゃ・・・という苦しさも心の底にはあったんだ。言論の自由を自ら封じていた。

多分それらは全部、ももクロちゃんに出会う前から築いてきた私の気質に由来していたのだと思う。
中学生の時くらいから考えるようになっていた。人生に意味を持たせなきゃいけない。成功を目指さなきゃいけない。努力して成長しなきゃいけない。人のために使命を全うしなきゃいけない。本来は。だけど私はそうしてない。毎日何をやっているんだ、人生は短い、今日こそ変わるんだ、変われない、変わらなきゃ、人生を無駄にしてはいけない・・・。
まあ正直、ふとしたきっかけからビジネス書オタクになったのだが、それが大きく作用してこんな人生観に至った。プレッシャーを常に抱えて過ごしてきた。「ビジネス書読んでやる気出すけど何もしない」族、日本に溢れる無数の凡人の一人だ。学生のくせにサラリーマンに混じってませていた。
だからももクロちゃんに出会った時も、本屋でものすごい良さげなビジネス書を見つけた時のような感覚があった。あれほどアイドルが嫌いだった私が彼女達についていくことになったのは、同年代の女の子が真摯に仕事して汗流して踊る姿に「啓発されたい」という欲望が心のどこかに沸いたからだ。今なら認められる。

そんなんで今日までモノノフをしてきた。もちろんただただ好きだから動いている面が殆どだが、確実に、自己啓発を求めて動いている面もあった。
恥ずかしい、申し訳ない、苦しい・・・それは自分の成長の糧だから、むしろ良い感情だよ、「お前はただオタクやるんじゃなくて色々なことを考えている偉いモノノフだね」って。

今、全てをひっくり返したい。

最近本屋で「気にしないでゆるく行こう」「楽しく生きればいい」系の本を色々見つけた。というかそういう本を求めるほど私生活で打撃を受けて病んでおり、「楽しく生きなよ」と言われることがあったのだが。
まあそれはきっかけに過ぎないのだけれど(また本の影響で価値観を作る繰り返しのように見えるがきっとちょっと違う)、なんだか、今まで何を必死に考えてきたんだ、と呆気に取られてしまった。

なんというか、私は好きに生きていけばそれだけで良くないか、と思えてしまったのだ。
嫌なことを我慢するとか、勝手に義務感を持つとか、努力しなければいけないと思い込むとか、成功しなければ人生の意味がないと決めつけるとか、だから今の自分を常に否定し続けるとか、そういう思考、わざわざこの世に生まれてまで、いつ死ぬか分からない毎日の中ですべきことじゃなかった。私が今まで頭の中でぐるぐる考えて「考えてます」と気取ってきたこと全て、何が楽しかったんだろう。もっと好きに、気楽に生きていいのに。やりたいことやって、言いたいこと言って、嫌なことはやめちゃう。そんなんで、いいらしい。とにかく無理に意義を見い出すのはやめて、楽しいことをしていけば。
こんなことを言うと反対する人は必ずいて、私もそっち側にいた。でもなんだか急にバカバカしくなってきて、そういう楽しい生き方もなんかいいな、と思えた。若者よ、夢を持ち忍耐し努力せよ的なのはもう古い。甘くていい。「そんなんじゃ社会でやっていけな」くていい。私には向いてなかったし。ガチガチにならずゆるく行こうぜ。

そんな考えに至った時、本当に私がかっこいいと思える人はこっち側だ、ももクロちゃんもどちらかといえばこっち側の、いつも楽しそうに生きているタイプだと気付いた。だからこそ、なんか運が良くなって結果的に成功もしている。努力努力努力!だけで成功したわけじゃない。
というか彼女達は、全身全霊をかけて、笑顔を届けます、一緒に楽しみましょうということをやっている人達ではないか。みなさん私達みたいに努力して成功下さい!なんて強要する軍団じゃない。

だとしたら、ももクロちゃんに啓発されたがっていた自分ってなんだろう。

見たいからただただ見て、満足。それこそが「ももクロちゃんが好き」という気持ちに基づく純粋な行動だ。
例えば私の一番好きな曲「ピンキージョーンズ」を聴いて、「逆境こそがチャンスだ・・・一生一度青春だ・・・頑張らねば・・・」と(無意識にでも)気負うのではなく、極端に言えば「うおおおPJ〜〜!!!楽し〜勇気でる〜フリコピ楽し〜ダンスうめえ〜!」くらいで、もう少し楽に受け取っても良い気がする。

要は、胸に響くものは勝手に響くから、過剰に「受け取った意味を作ろう」という思考を自分に強要しなくていい。今まで私は、常にではないけれどそういうことをしなくてはならないという刷り込みの中に在った。もうそんな機会いらない。
それが、ゆるく楽しく生きるなかで「ももクロ」という趣味を楽しむための健康的なスタンスかもねと、もう、私は、決めてしまおう。

ももクロちゃんの存在意義は、(いや、意義なんてものすら本当はないのだろうが)、自己啓発書になることではなく、ただただ楽しさや笑顔を誰かと共有すること。もちろん地獄にいる誰かにとっては救世主で、優秀な誰かにとっては背中を押してくれる頼もしいヒロインなのだろうし、その気になれば世界平和も達成出来るだろうし、存在意義も使命も当然あることにはあるのだ。なんというか。
だけれど私にとっては、楽しい思い出をくれる好きな人達、でしかない。でしかなくていい。もう。苦味を感じながら「私の成長の糧」に仕立て上げなくていい。逆に言えば私がももクロちゃんを好きでいる理由は「好きだから」という以外に探さなくていいし、ライブに行く理由は「行きたいから」だけでいい。自己啓発的な意味を求めなくたっていい。

ももクロちゃんは頑張っているのに、自分はいつまでたってもダメだ」という思想に縛られている限り、私はももクロちゃんを殺している。彼女達は、客に苦しんで欲しくて歌ったり踊ったりしている訳じゃない。多分、楽しんで欲しいと思っている。ひしひしと伝わってくる。
だからと言って「楽しまなければならない」ということでもなく、勝手に楽しくなるのだから余計なことを考えなくていいということだ。(逆に余計なことが頭を掠めたら自由に考えれば良いし。それも含めてゆるく楽しく!) 
自動的に楽しめなくなった時点で、好きと感じなくなった時点で、他界すればいいのだ。でも今私は楽しいし好きだから本能的に応援する。そういう仕組みをほんのり意識して、あとは気の向くままにテキトーにモノノフをやっていく方が、きっと私に向いている。ももクロちゃんを見るからには成長しなきゃ、還元しなきゃ、とは少しも思わなくて良いんだよと、自分を許してみようと思う。
例えあなたがどんなにクズでも、好きなんだったら自由に応援しなよと。

この文章自体、まだ自己啓発的なのだろうか。でもしょうがない。「好きなことして生きよう」と思いついたなら、余計に人生観とモノノフ観はセットだ。ももクロちゃんが好きだから。
一気に意識は変わらないかもしれないから、少しずつゆるくシフトしていこうと思う。
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富士見へ緑を飾る

埼玉県が誇るスーパーアイドル杏果が、富士見市PR大使に任命された。その委嘱式の第2部として「幕が上がる」の上映会と杏果&平田オリザさんによる舞台挨拶が行われるということで、富士見市へ赴いた。というか奇跡的にチケットを譲って頂いた(本当にありがとう)。

東上線に揺られながら、こちらの方面には良い思い出しかないな~とニヤけた。杏果の故郷ふじみ野を訪問したこと。路線は違うけれど、春日部へ杏果の舞台挨拶を見に行ったこと。個人的には、友達とみずほ台なんかで遊んだこと。全部楽しい思い出だ。
今日もまた楽しい思い出にはなるのだろうけれど、春日部の時のように間近で見られる機会はないだろうなと、なんとなく思っていた。遠くに見える小さな杏果とオリザさんのお声を聞いて、満足してそそくさと帰る自分の姿が目に浮かんだ。

そうして初めて鶴瀬駅に降り立ち、ららぽーと富士見に初上陸しひとまず休憩。頃合いを見て会場の富士見市民文化会館キラリ☆ふじみへ向かった。
杏果がかつて利用していたという施設。幼き日の杏果を思い浮かべながら、綺麗な建物や池、公園を眺めた。5月になったばかりだというのに灼熱の陽気で、Tシャツがグショグショになる。でもこの待機列の先に杏果がいると思えば、なんてことはない。

ようやく開場し、列が動き始めた。自由席であるため入った瞬間に咄嗟の判断で動かなくてはならない。さあどうする・・・と思っていたが。
ホールに飛び込み、言葉を失った。
近い。
狭い。
想像の何倍も小さい会場で、けれども案外横幅はあったため前方が埋まる速度は遅く、かなり前方の空席に滑り込むことが出来た。
嘘でしょ。
予想外の近さに鳥肌が立った。そこに杏果が来るのか、と考えただけで死にそうになる。こんなに小さな箱で杏果を見ていいのか。春日部の舞台挨拶の時よりもずっと近い。

ドキドキしながら、まずは幕が上がるの上映に臨んだ。
杏ノフだらけの会場で幕を上げるのは春日部ぶりで、なんだか不思議な気持ちになった。すごく心地が良い。
私にとって幕が上がるは何十回観ても毎度毎度違うことを考えさせられる特殊な映画なのだが、今回もまた新たな解釈が出来た。が、今そこは重要ではないため書かない。

とにかく涙を流しつつ感動して観終えた。余韻が強すぎて、杏果を迎えるテンションではなかった。これから杏果が出てくるとは信じ難かった。
一旦市のPR動画を挟んで、ついに舞台挨拶が始まる。
オリザさんが登場された。
・・・
・・・
近っ!!!
初オリザさん、近い。はっきりお顔が見える。うわあ、オリザさんだ。
杏果も、杏果も来るのか、この距離に。杏果が。杏果!

そしてオリザさんの紹介を受け、下手から杏果が出てきた。
うわあああああああああああああああ
杏果だああああああああああああああ
あああああああああああああああああ

最近よく見るドームトレックの衣装(白ネクタイと半ズボンと黒い靴下の、アレ)で、二つ結びの杏果。
本当に。
心から。
可愛い。

そこにいるのに、そこにいるのが信じられない。緑の衣装に包まれた可愛い可愛い杏果。靴下に付いているリボンがキラキラと輝いている。
ああ、杏果だ。

早速オリザさんとのトークが始まった。まずは二人の富士見市との関わり。オリザさんはキラリ☆ふじみの芸術監督を務めていたことがあり、杏果は富士見市に住んでいたことがある。そんな二人が幕が上がるを通して偶然知り合い、こんな舞台挨拶まで実現したのだと言う。

ここで問題が勃発した。今回の舞台挨拶全編を通して笑いを取った、富士見市ふじみ野市かという問題だ。
富士見市はよく隣接するふじみ野市と間違えられるが、今回は富士見市のイベントであるため敵対するふじみ野市の事柄に触れてはならない。しかし杏果が富士見市に住んでいたのは小4の頃までだったため、そもそも自分がどちらに住んでいたのかも鮮明ではなく、最初にオリザさんと富士見の話になった時はママに電話して聞いたというレベルなのだそう。そのため富士見市PR大使になったにも関わらず、富士見市でいいんですよね?とオリザさんに疑われていた。
プライズで登場した鶴瀬出身の川上マネージャーも交え、客席の富士見市民の質問を受けたりしながら富士見市での思い出を語って下さったわけだが、杏果には富士見市の場所かふじみ野市の場所かという区別は難しいようで、地名を挙げる際に一旦オリザさんに耳打ちして確認する場面が何度かあった。それが・・・物凄く可愛かった。きちんと富士見市の地名を挙げられて客席からOKのサインを貰った時の喜びようも実に可愛かった。

ディープな富士見談議に非市民としては正直ポカーンとなる場面もあったが、「ああ!行ったことある!」「ああ~あった~」という風に懐かしの施設名に声を上げる杏果が楽しそうでとにかく可愛かった。私にとって唯一馴染み深かった「みずほ台」という単語を杏果が発した時には身を乗り出しそうになったが。
川上さんの行きつけの床屋さんが、昔杏果がオーディションやイベントの前に髪を整えに行っていたところだというエピソードなど、興味深い話も沢山あった。
質問コーナーでマイクを持って走る川上さんを「動けるデブ」と評したブラックな杏果も面白可愛かった。

そういうわけで、昔を振り返る杏果は可愛いな!昔の杏果を知れるのは面白いな!という舞台挨拶だったのだが、終盤に意外な展開が待っていた。
富士見市民からの質問コーナーで、最後にどうしてももう一人言わせてほしいと言って女性が立ったのだ。

覚えていますでしょうか、小学校の登校班で一緒だった○○と△△の母です。

これには会場も杏果も大変驚いた。
そのお母さんは「小学校の運動会で一人ずば抜けてキレキレのダンスを披露していた杏果が、今こうして活躍している姿を見て嬉しく思っていました、これからも応援します」といった旨を続けた。
運動会のダンスのくだりで照れて隠れようとする杏果はとてもとても可愛くて萌えたが、その時何故か涙が出てきた。周りは全然泣いていないのに泣くのはおかしいと思い耐えようとしたけれど、若干零れてしまった。思い込みかもしれないが杏果の目も潤んでいるように見えた。

昔を知っている人の元へ、大きくなった杏果が帰ってきた。育った地の大使として、立派になって戻ってきた。それを心から喜んでいる方がいる。ちゃんと見てくれている方がいる。
杏果にも、あのお母さんにも、本当に良かったねという気持ちで一杯になった。こんなことってあるんだ。良かったね、本当、良かったね。

あの会場は杏果が何度も驚くくらい沢山の杏ノフで埋まっていて、見渡す限りの緑が広がっていた。同じステージに立っていた幼い杏果には想像も出来なかった光景だろう。
小さい頃、富士見でのびやかに育ちつつ、様々な苦悩にもがき、未来の自分の姿など知らずに必死で頑張っていた女の子が、沢山の仲間を引き連れて帰ってきた。そんな彼女の人生の美しさ、シンデレラストーリーのヒロインのようなきらめきを、どこまでも愛しいと思った。

その上で、杏果はもっと綺麗なシナリオを書き足そうと決めていた。
来年もキラリ☆ふじみでイベントを出来るように頑張っていると川上さんが言った瞬間、
「歌いたいです」
とはっきり告げたのだ。音響の良いこのホールで歌いたい、と。
帰ってきたこの場所で、音楽を届けるという新たな夢を紡ぐ。
故郷へ錦を飾り、更なる錦を描く。
そんな彼女の姿を間近で見られただけで、今日来た甲斐がありすぎた。

そして楽しい時間はあっという間に終わりを迎える。
杏果は何度も嬉しそうに会場を見渡し、手を振り、可愛らしい笑顔を届け、写真撮影では可愛いぜーっと!を連発し、大好きですと言われたら「私も皆のこと大好きだよ」と返し、ブログ用の写真をせがみ、なんだかもう、本当にファンが好きなんだなと感じた。
「ここにいる皆さんは絶対7月3日来てください」と言い残し、最後まで可愛い笑顔で去っていった。

想像を遥かに超える可愛さと感動を摂取したため、終演後の多幸感が果てしなかった。好きだ。大好きだ。幸せだ。良かったね。そんなことがずーっと頭の中をぐるぐるぐるぐるしていた。
ぼやーっとした気分で会場を出ると、駐車場付近でモモノフが帰らずに留まっている。ここに来るのか、とピンと来て、とりあえず待った。
すると案外すぐに川上さんが出てきて、オリザさんも顔を覗かせた。
ちょっとドキドキする。

すると、ついにオシャレな私服の女性が姿を現した。一瞬分からなかったが紛れもなく杏果だ。ちょっと、あり得ないくらいに可愛い。
杏果は3方向くらいに散らばったモモノフの元へそれぞれ走って行って、笑顔で手を振り、記念写真に写っていた。私のいた方にも来てくれた。その時、まさに目の前に杏果がいた。
で、その杏果が・・・
びっくりするほど可愛かった。
もちろん先程までステージ上にいた杏果も可愛かったし、今まで間近で見た杏果も可愛かったし、本来であれば「やっぱり可愛い」ということになるのだろうが、今日のあの杏果は過去を凌駕する程の次元の違った可愛さを纏っていた。大勢のモモノフの前ではしゃぐような杏果・・・あんなに弾けた姿を生で見たのは初めてかもしれない。だからこそあんなに可愛かったのか。もうこの世のものとは思えない可愛さだったのだ。
杏果は車に乗り込み、開けられた窓から手を振りながら去っていった。と思ったらその先のポイントでもう一度モモノフに囲まれ、最後まで手を振って駆け抜けていった。地元の方がその光景を不思議そうに見ていたが、傍から見ればあの姿はまさしくスターそのものであったと思う。富士見を緑で染め上げるスーパースター。あの方が、有安杏果さんなんですと言って回りたかった。あれだけ愛されている人気者なんです、杏果は。

帰り道、私は幸せ以外の如何なる感情をも持てなかった。
杏果の人生という清らかな奇跡に、ファンとして携われることを心から誇りたいと思った。ありがたいと思った。杏果が生まれてきてくれたこと、同じ世に私が生まれてこれたこと、感謝してもしきれない。
これからも杏果を応援したいし、杏果の人生の輝きを追い続けたいし、私にとってそれは絶対に意味のある選択だと自信を持てる。
一方で、ほとんど同じだけ生きてきた自分の人生が輝いていないのは問題だ。だけれども、杏果がいれば頑張れると素直に思える。
杏果が好き、それだけで世界を変える。本当に好きなんだ。

まさか今日、こんなにも温かい気持ちになれるとは。あんなに近くで可愛さを堪能できるとは。ここまで最高の思い出を持って帰れるとは思っていなかった。春日部の帰り道にも似た幸せを噛みしめている。
永遠に、誰が何と言おうと、杏果が一番好きだ。
あと何度だろう、ありがとう杏色空。


☆杏果が通っていた床屋さん(多分)
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HMVに残してくれたサイン
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鹿目まどかと百田夏菜子

※「魔法少女まどか☆マギカ」の核心部分のネタバレを含みます。見たことがない方は、バイバイでさようなら。

もし、夏菜子がまどかだったら。
 
ももクロメンバーがリクエストに沿って歌のカバーを披露する生放送番組「坂崎幸之助のももいろフォーク村NEXT」。昨夜は有安杏果生誕祭をかけて「杏いろフォーク村」として放送された。
怒涛の杏いろセットリストが始まる前、あーりんが手に取ったお便りに描かれていたまどマギの絵を見たあの瞬間!叫んでしまいそうになった。息を呑む。まさか。
本当にそのまさか。主題歌の「コネクト」を歌うと言い出した。アニオタとして「まどマギ」ファンとして爆死寸前になった。分かるだろうか、好きなアニメの好きなアニソンを好きな子達が歌って下さる喜び・・・!
コネクトは2人組のClariSの歌。今夜は杏いろフォーク村だから、てっきりもう一人としていよいよ杏果が出てくるのだろうと待っていた。だからこそ爆死しかけたのだが、あーりんの口から告げられたのは「あやかなこ、あやか☆かなこ」だった。
 
夏菜子・・・?
正直夏菜子にアニソンのイメージがなかった。あやかなこといえばROCK OVER JAPANが記憶に新しいが、コネクトはああはいかないだろう、夏菜子はコネクト感なくないか、と一瞬怪訝に思いつつ、けれどもまあ大好きなコネクトをメンバーが歌うということで興奮しながら観た。

するとあやか☆かなこ、なかなか良い。合う。最高かよ!最高かよ!あのコネクトが、この子達の声で!最高!とノリノリで聴いていた。
 
が、すぐにそうはいかなくなった。
 
 
コネクトという歌は、魔法少女まどか☆マギカの内容にかなり即した歌詞になっている。
この歌を聴けばたちまちテレビアニメのオープニングがふぁーっと脳裏に映り、鹿目まどか暁美ほむらの姿が目に浮かび、二人の物語が走馬灯のように心を駆け巡り、堪らない切なさが魂を締め付ける。そういう歌だ。
そういう歌が、いつも耳にしているももクロのあーりんと夏菜子の歌声で紡がれていく。
 
「閉ざされた扉開けよう」
「難しい道で立ち止まっても空はきれいな青さでいつも待っててくれる」
「振り返れば仲間がいて気がつけば優しく包まれてた」
「唯一信じられるここが救いだった」
「この声が届くのならきっと奇跡はおこせるだろう」
 
特にこの辺りの歌詞、モノノフならば感じるものがあるのではなかろうか。
その言葉は確かにまどマギの物語で、だけれどそこに響いていたのは紛れもなくももクロの物語だった。
 
気が付けば私には見えていた。そこにいるのはほむらとまどか。
切羽詰まったように強く歌い上げるあーりんと、切なさを含ませながらも笑顔でのびのびと歌う夏菜子。二人の全力が詰め込まれたコネクトに、確かに二人の魔法少女が憑依していた。
 
最初はどちらがどちらだろう?と考えてしまったが、だんだんと夏菜子の笑顔がまどかの笑顔に重なって見えてきて仕方がなかった。
逆だと感じた視聴者もいるかもしれない。ただ私の目から見て、あーりんがほむらかどうかは分からないけれど、とにかく夏菜子がまどかだったのだ。
そう思って観ていたら涙を抑えきれなくなった。好きなアニソンをノリノリで楽しむようなテンションは消え去った。
 
もし、夏菜子がまどかだったら。
彼女の歌う姿ひとつひとつにそんな想像を強いられた。鋭利な刃物に等しい想像だ。
一言でいえば、まどかは、自己犠牲によって全ての魔法少女を救った。もし、夏菜子がまどかだったら、まどかと同じことを願うだろうか?

・・・願うのではないだろうか。悟りきったような笑顔で歌う夏菜子は、そう思わせる何かを纏っていた。澄んだ魂に強い覚悟を被せたような歌声は、女神にもなれそうな神秘性を孕んでいた。
夏菜子ならば、まどかと同じ道を選び、魔法少女を救う。そして円環の理になる。神話のようなその姿を、違和感なく想像することが出来てしまった。


 
涙を流しながら二人のコネクトを観終えた時には、もう呆然とするしかなかった。
一日経った今も余韻が残っている。ずっと考えてしまう。もし、夏菜子がまどかだったら。

コネクトを観ている際中はただただ感覚的に重ねて泣いていたから、今度は色々考えてみようと思う。
(実はまどマギの話の詳細をだいぶ忘れてしまっていたため、改めて調べて思い出した。)
 
夏菜子がまどかだったら、まどかと同じ方法を取るにせよ違う方法を見つけるにせよ、全ての魔法少女を救うだろう。
昔の、新幹線で一人泣いていた頃の夏菜子であれば、まどかのように自己を犠牲にすることを厭わなかっただろう。けれど今、笑顔の天下を目指して先頭を走っている夏菜子ならば、自己を犠牲にすることのない、まどかを超越する願いを編み出すことも出来るのではないかと思わされる。
ただ、まどかは魔法少女が笑顔でいられるように、とあの結末を選んだ。それはとても、とても夏菜子らしいような気がする。
 
まどマギの世界ではなく、現実世界だったら。
つまりこの世界が、"全てのアイドルが誰かの陰謀のために利用され、絶望の悲劇に追いやられ続けてきた世界"だったとしたら。それを知った夏菜子は、自分の存在がなかったことになるとしても、概念に成り果て円環の理として在り続けなければならないとしても、それでも過去・現在・未来に存在する全てのアイドルを救おうとするだろうか。全てのアイドルがアイドルとして抱いた希望を守り、笑顔でいるためならば、静かに自らを捧げるだろうか。お母さんの記憶から消し去られ、親友と永久に別れることになると分かっていて、それでも一人で儚く消えていくだろうか。
物凄く切なくて、だからこそこの命題は鋭利な刃物のようなのだけれど、やっぱり夏菜子はそれでも全てのアイドルを救うとしか考えられない。

夏菜子がまどかじみて見えるのには、元々強大な力を持つ子ではなかったという側面も関係しているだろう。
まどかには当初非凡な素質などなかったが、ほむらの行動の結果、世界のあらゆる因果の中心を背負うまでになった。
夏菜子も普通の女の子でしかなかったが、五人のセンター兼リーダーとしてペンライトの海のど真ん中に立ち続けることにより、そして本人が努力して築いた人格をモノノフがカリスマとして祀り上げることにより、強大なオーラを纏うようになったのではないか。

こうして想像を積み上げていくと分かる。夏菜子はまどかではないが、まどかに重ね合わせた時にしっくりくる。彼女がまどかであってもおかしくない。
言い換えれば、夏菜子のようなアニメキャラが存在し、まどかのような神話を生み出しても、おかしくない。
現実の少女である夏菜子が、都合良く生み出されるきれいなアニメキャラのように、神話を押し付けられても違和感を生まない存在として生きている。
元々アイドルアニメや少年漫画でならば簡単に主役を張れるだろうと思っていたが、神聖さを帯びたファンタジーですら主人公になり得るとは。

つまるところ、夏菜子がまどかに似ていて云々という話ではなく、百田夏菜子が、二次元で生み出されるような奇跡を三次元においてほぼ最高に近い形で体現している稀少な、もしくはいっそ唯一の人間なのではないかという結論が出る。だからこそ二次元の奇跡である鹿目まどかとのシンクロも可能になるのではないか。

もしかしたら私は、そんな夏菜子の特質に惹かれてアニオタからモノノフになったのではないかとすら思う。

この文章をまどかファンが読んだら、何を言っているのだと鼻で笑うかもしれない。
私としても、鹿目まどかほどの存在が現実に存在するとは信じられない。
でもモノノフからすれば、百田夏菜子ほどの存在がアニメに存在するとは信じられないのだろう。
両方知っている人がコネクトを観て私と同じことを感じたか全く違うことを感じたかは分からないけれど、鹿目まどか百田夏菜子を並べられたら何かしら心がざわつくだろうとは思う。

あーりんに関しては、まどかが夏菜子であった場合、夏菜子ちゃんのために必死で動くだろうという意味ではほむらのように見えた。まどかがれにちゃんであってもそうするだろう。
しおりんか杏果がほむらであった場合も、夏菜子のためにほむらと同じことをするだろう。とくにしおりんは、最早ほむらそのものだ。
皆純粋であるが故に、アニメの中の少女像を当てはめやすいのだろうか。まどかとほむらの濃密な関係性が、ももクロ内の各人の関係性に近いものを有しているのだろうか。それとも全ては夏菜子に由来するのだろうか。

そうこう考えるうちに、今、猛烈にまどマギを全話観返したい欲に駆られるが、どうだろう。勇気が出ない。最初からまどかに夏菜子を重ねて観たらいよいよどんな気持ちになってしまうか分からない。
とりあえず、昔観たまどマギの記憶と昨日(0時を回ったため正確には一昨日だが)観たコネクトの記憶で書けるのはここまでだ。

大した話でもない。
まどマギを知らない人からすれば、昨夜のコネクトは単に「アニソンをかっこよく歌っていた」「魔法少女あやか☆かなこ可愛かった」というだけなのだろうが、私にとっては心臓を貫かれるような名演であったという、それだけのことだ。

杏果推し失格

ももかがブログを更新しました。この文字列にはいつもボルテージをMAXにさせられるが、3月15日に見ると更に格別だ。光の速さで充電所に飛び込む。

「9年前にもらったプレゼントをこれからも」

なんのことだろう。物凄くドキドキしながら読み進めた。

有安杏果はね」

その先を読んで・・・視界がぼやけた。

そして、
霧が晴れた。


昨日一日中杏果のことを考えていた。杏果の歌を聴いていた。生誕ツイートを眺めたり、とりとめもなく呟いたり。今年は会うことは出来なかったけれど、楽しくのんびり生誕祭を過ごした。
でもどうしてか、常に違和感があった。
杏果ってこういう人だったっけ。私は杏果のことをこういう風に思っていたっけ。前はもっと違った気がする。なんだろう。なんでだろう。
確かに「好き」という気持ちはあるのだけれど、こんな風な「好き」だったっけ。生誕ツイートとはいうけれど、昔の私はこんなことを書いていたっけ。
ぼんやりと、けれどもはっきりとおかしさを感じていた。


有安杏果はね」

杏果は、そんな私に答えを届けてくれた。

9年前の喉の手術。声。夢。奇跡。

涙が溢れると同時に、ハッとした。

私は今日一度でも9年前の手術のことを思い出しただろうか。
それだけじゃない。杏果が数多の苦労の末にももクロに入り、屈辱を受けても努力の末に認められ、それから幾度も壁を壊した末に今があるということ。

なんてこった。
すっかり忘れていたじゃないか。

私が昨日、というかここしばらく抱いていた杏果への思いはざっくりこうだ。
杏果は好きなことを尋常ではない程頑張っていて、その姿はとてもイキイキしている。私はそんな杏果の生き様に憧憬を抱き、そんな杏果の歌声に心酔している。とはいえタワレコで私服の杏果を見た時思ったように杏果は私と同じ人間で、だから崇拝や信仰の対象というよりは尊敬できる仲間という感じ。いつだって無条件に大好きだし愛してる。これからも杏果と一緒に歩んでいきたい。

それな。確かにそうだ。それは今も嘘じゃない。でもそれでは違和感があってもやもやしていたのだ。
やっと分かった。
抜けていたんだ。
杏果がどれだけの苦難の果てにそこにいるのかということを、全然意識していなかった。
最近の杏果はソロコンも決まって絶好調で楽しそうだしかっこよすぎるから、その印象ばかりに目を向けていた。
夢を叶えていく杏果の笑顔も、私の心を世界一掴んでくれる歌唱も、当たり前のように受け入れていた。
今の杏果の中にも決して消えることなく在り続ける過去の軌跡。それら全てに対する感謝が、抜けていたんだ。

杏果を好きになりたての頃、彼女の長い努力の歴史に惹かれていたし、そこに感謝の念があった。あの感覚こそが私の杏果推しとしての根幹だった。好きになった理由と言い換えてもいい。
要は今の杏果を尊敬しすぎて、過去の杏果を忘れ、根幹を見失っていた。それはそれで杏果の進化が凄い証拠としてはいいのかもしれない。でも私自身はダメだ。だって、
今の杏果と未来の杏果のことばかり称えて背中を追うけれど、杏果がここにいてくれることに対する感謝を忘れているのでは、もうなんというか、失格じゃないか。

杏果の声が出ること。
杏果が人前で歌えること。
杏果が夢を叶えていくこと。
杏果はそれを「奇跡」と書いた。杏果が大切にしている「奇跡」という言葉を使う価値があるからこそそう書くのだろう。
決してそれを「当然」として流すようなことはしない。杏果の中には幼い頃の杏果が、今までの杏果がちゃんといる。

なのに私は・・・
噛みしめていただろうか。「奇跡」を。お誕生日だからこそ噛みしめるはずなんじゃないのか。
杏果の好きなところといえばそういう面を必ず挙げていたのに、今まではちゃんと感謝していたのに。こんなの、杏果に出会ってからの4年半で初めてだ。
いつの間にか、私の杏果に対する「好き」の中で絶対に忘れてはいけないはずのものが抜け落ちていたのだ。そりゃあ違和感があるはずだ。

手術をしてあの声を手に入れてくれた杏果、子役時代やEXPG時代に悔しい思いも沢山した杏果、やっと入ったグループの解散を誕生日に告げられた杏果、ももクロに入ったことを散々非難された杏果、それでも必死で努力して認められた杏果、アイドル活動の傍ら勉強もきちんとしていた杏果、米子の夜に脱皮を決意した杏果、歌えない喋れない数か月を乗り越えた杏果、リスクを恐れず扁桃腺を切った杏果・・・
全ての杏果にありがとう。
私が今杏果の歌を好きなだけ聴いて好きなだけ杏果を尊敬することが出来るのは、今までの杏果がたくさんのことを乗り越えてきてくれたおかげだ。
当たり前じゃない。ありがとう。

そんなことも見失っていた昨日までの私は本当に恥ずかしいし信じられない。
杏果、ありがとう。ももパワーで霧が晴れたよ。

杏果がどれだけ進化しても変わらない部分が必ずあるように、私にも杏果推しとして変わってはいけない部分があるのだ。
泣きながら積み上げてきた過去こそが今の杏果に繋がっている。杏果がここにいてくれることはなによりも感謝すべき奇跡なのだ。その気持ちをなくしてはならない。
ありがとうが欠けたら何も始まらない。称賛や尊敬だけでは何もプレゼントできない。
だからもう絶対に見失ったりしない。

杏果が勝ち取ってくれた奇跡を軽んじたりしない。

これからは、ありがとうを目一杯伝えようと思う。
21年間の杏果の全てを含んだ、21歳の杏果に。

※ネタバレ 初聴き感想

AMARANTHUS/白金の夜明けを初めて聴き終わった私の感想
20:20 2016.2.16

聴き終わった!終わった!電気をつけた。聴き込む前に、初めて聴いたたった一度の今の感想を未来の自分に告ぐ。

部屋を暗くして、歌詞カードだけをライトで照らして、ビジュアルを並べて、AMARANTHUS→白金の夜明けをぶっ通しで聴く。これが本当に正解だった。素晴らしい体験が出来た。

あっという間の、長い旅だった。
このCDのことが発表されてから随分経った。それから今日まで、今日のためだけに生きている節もあった。日々明かされていく細切れの情報の中で、私はどんなに凄い音楽が待っているんだろうと期待を育てて育てて抱えきれなくなっていった。

けれど待っていたのは音楽じゃない。音楽だけれど音楽じゃない。
きっと音楽史を変えるような凄い作品なんだろう!そんな期待をずっと抱いていた。
でもこれは、この2枚のアルバムは、芸術?世界?もっと何か、生命を超越したなにか、地球を包み込むようななにか、だった。
物凄い感情なう。なんだろうこれ。
旅を終えたような心地よい、けれど強烈な後味。
そうかこれは、旅、だ。
いのちを巡る旅。人生と宇宙を超越した輪廻の旅。


まずはAMARANTHUS。
以下語彙力消失。率直な感情。深く書かない。

embryo-prologue-
これはまさに生まれる感じ。ああ生まれる前だ!そんな感情を引きずり出される。やばい。引き込まれる。

WE ARE BORN
やばい、この世に生まれた。うんうん、生まれた!

モノクロデッサン
これはやばい。めちゃめちゃいい。この曲は。まさにももいろクローバーZ。いい曲すぎやん。そうか、赤ちゃんの目にはモノクロの世界が見えてるわけだ。
「昔好きだった色」というフレーズに胸が詰まった。
人生、だなあ。

ゴリラパンチ
きたー!ラジオでの先行公開を我慢し、フルを初めて聴く。
・・・・・・
えっ・・・
杏果のAメロ・・・
あかん・・・
かっこよすぎる・・・
やばい、かっこよすぎる・・・これだ、私が杏果に歌って欲しかった歌だ・・・
おお、意外とキャッチ―なサビらへん
また杏果のAメロかっこよすぎる・・・
うわ、うまい・・・
やばい・・・
(繰り返し)

武陵桃源なかよし物語
きたー前山田~おかえり~
・・・
やべえ
やべえ、いいじゃん
マジおかえり、前山田健一さん。あなたの歌だね、これ。
まだまだ幼い青春って感じ?だからここなのか。

勝手に君に
フォーク村で聴いてはいたが、音源やべえな。
マー君・・・
いいね、これ。
なんぞこんないい曲なの。
学生の青春感ある。

青春賦
ここで学校行って卒業ね、
ももクロちゃん達も、私も、高校卒業したんだなあ。
ももクロちゃん、大人になっていくんだよなあ・・・しみじみ

サボテンとリボン
神前曲~!う、うおおおお?ノれるなにこれ、言葉の感じがめっちゃ耳にいい感じに入る。やばい。天才神前と天才只野が出会った。やばい。いい。かわいい。
ああ、ももクロちゃんも恋をしてしまうのか・・・

デモンストレーション
・・・
ななああああああんじゃああこれええええめええええっちゃいいいいいいいいい
やばいやばいやばいやばいやばい、はあ!?!?!?!?!?!?
ねえ、やばくね!?ちょっと!おいおいおいおいおいおいおいお

仏桑花
からのぶっそーげかよ!落差!
・・・
(涙を流す)
お母さんありがとう・・・
これ結婚式で流したい。

泣いてもいいんだよ
頑張る親、社会人って感じなあ。父の日のPV思い出すなあ。
「そりゃ」ってそこに書くもんだっけ?

Guns N’ Diamond
期待値最大のこの曲。唾をのむ。来るぞ・・・
・・・
・・・
やばい

かっけえかっけえかっけえっかっけえかっこいいいよおおおおおおおおおおおおおお
かっこいいかっこいいなにこれなにこれかっこいいやばいあああええええええええええええええええええ無理いいいいかっこいいいいい期待超えてるううううう

中高年の歌なのかこれ。かっこよすぎる。こんな大人になりてえ。
マジでこれナンバー1だな。

バイバイでさようなら
死の直前の歌。覚悟して聴く。
・・・
いい
パレードか、だからこの写真みんな楽器持ってパレードみたいなんだなるほどね。
ああ
終わっちゃう 人生が

HAPPY Re:BIRTHDAY
もう最後・・・もう死んじゃう・・・
ああそうかここがあの森か
ああ・・・
「あたたかいきみの手のひらの
感触をおもいだせないの」
私も、今朝触れた杏果の手のひらの感触を
死んだら忘れてしまうのかな
でも・・・
Re:BIRTHDAY
またうまれる いいな ああ またはじまる

そうして音が止まった。あっという間だったけれど、ながい人生を体験した気がした。
ここで呆然と余韻に浸りながらも一息ついて、白金の夜明けへ。

個のA、始まりのZ-prologue-
!!!!!!!!!!!!マジか、そういうことか、このメロディ
今ここって、死んでる?死後の世界みたい
「夢の世界」って言ってたけど、これは死後の世界なんじゃね。
ふわりふわりと。つづいてる。まだ続きが聴ける。

桃源郷
きましたナッキー!!もう聴いちゃったけど!
あでもこれ、このサウンド、あれ、やばい、なるほど、ここが、こういう世界か。
やっぱり死後って感じ。

白金の夜明け
もう何十回目だろうなあ。
この曲がここに入るのも、わかるなあ。なるほどなあ。

マホロバケーション
うえーーーーい!!!!キタ――(゚∀゚)――!はいはい踊ります。
ニ!ル!ヴァ!ー!ナ!
でもなるほどね、ここでマホロバなのね。

夢の浮世に咲いてみな
きました~久々に聴きたかった!うんうん
あれ・・・さあ君も一緒に~のところ
すごくストンと来る。今この世界の流れにぴったりだ。なるほど。終わらない熱狂始まる国へ。同じ世界が続いてる感じする。だからこの曲はこっちなんだ。

ROCK THE BOAT
期待値最大。ずっと楽しみだったこの曲・・・いくぞ
・・・
あやばい
これ
あかん
マジでかっけえ
えっ
いやしおりん、玉井詩織えろい
やばいこれ、マジでかっこいいやばい、やばい、勇気出る、なんやこれ。好きすぎるさすがっていうかこのページの歌詞の並びやべえ、全部期待値MAX組じゃんけえええ

希望の向こうへ
思い出される天龍。
やばい、れにちゃんさすが。
あっ
「この手のぬくもりは たしかだから」
さっき、私にぴったりですって言われたのは、そういうことか。
いやこのメロディーあかんやろ。なにこれ泣ける。マジでやばい。あかん・・・

カントリーローズ-時の旅人-
いよいよだ、一番期待してたこの曲。
・・・
およよ!?!?!
なんか東方っぽい東方感ある。最初こんなんなん?
おっおっ!??いいぞこれ、これは、おおおおおおお!
キタ――――――――!!!!!!!!!
うわうわうわ
東方っぽい!
これめっちゃいい、うん、予想と違うけどいい!
やばいやばいやばいそういう展開かよやべえよ。
というか分かってきた。今、地球を目指してるんだ。もう一度生まれる地球を。辛い道って「暗く狭い道」だったりして。

イマジネーション
出た。どうなる。
は、はああああああああそういう展開いいいいいいいなんこれ!!!
文学すぎる。マジかよお前ら!そうなる!
これ、すげえよ、あんた、天才だな。

MOON PRIDE
からのこれね。さすがに分かる。完璧な展開だ。曲の繋がりやばい。

『Z』の誓い
わかった・・・。「星」だ。星とか地球とか故郷とかずっとある。やっぱりこれって死んだあと地球という故郷へ戻ってる話なのかも。
(今これを書いている時に気付いたが、そうなるとムンプラの「この広い宇宙で 何度生まれ変わっても」って実は物凄く作品の芯になる歌詞に見える)

愛を継ぐもの
これも期待値高い。
・・・
やられた。
前山田健一、あんたはなぜそうやって一番いい曲ばかりをくれるのか。
すごいよ。作曲だけじゃない、詞もやばいこれ。この発想はないよ。
そして後半のあーりんパートね。歌詞ね。分かるよ。そこ繋げるんだ。あんたって人はほんとうに・・・
両方のアルバムに提供して貰えて良かった。凄い。

もっ黒ニナル果て
(やっぱり本当の音程は低い・・・慣れよう)
なんだか意識が朦朧としてきた。ここはどこだ。もう終わっちゃうよ。
もうどこだかも分からない世界で、出会ったんだな。
なにもかももっ黒になっていく。

桃色空
フル期待。最後の最後の一曲だ。
・・・
・・・
スケールがやばい
うわ
もう
参りました。
セカイに溶け込んでる。はあ。
すごい歌詞だ。すごいボーカル。杏果・・・
そしてまた始まる。


聴き終わって思わず拍手した。
割と浅い感想しか書かなかったが、言葉に出来ない独特の空気を、ここではないどこかの、ももクロではない5人の紡ぐ旅を、存分に感じていた。これはもう言語化出来ない。聴いてくれ。

何もかもが完璧だった。どうして音楽でこんな世界を生み出せるんだろう。
これを作った大人の方々も、まさにその通りな歌声を載せたももクロちゃんも、凄すぎる。本当にももクロちゃんのアルバムなのか、これは。
5TH DIMENSIONの向こう側、GOUNNのさらに上、澄んだ世界を確かに感じた。
どうしてこんなことが出来るの。
でも今のももクロにしか出来ないことだと思った。
多分細かく考察していったらキリがない気がする。いくらでも深められる。だからその前に率直な今の感想をただただ書いておいた。
ただ、なぜジャケットのももクロちゃんの髪が長いのか、今ならなんとなく分かる気がする。言葉にはしないけれど。

これからこの2枚と共にどうやって生きていくんだろう。ももクロちゃんも、私も。
何も想像できない。今日をもってももクロちゃんは新しいももクロちゃんになったんだなあ。

ももクロを好きになって、この作品に出会えて、良かった。

2016年2月16日

杏果に会った。

都会に行く気はなかった。すぐ帰るつもりでコンタクトも入れず眼鏡で家を飛び出した。メイクもせず髪もボサボサのまま、とにかく一刻も早くAMARANTHUSと白金の夜明けを手に入れようと電車に飛び乗った。
しかし出鼻はくじかれた。開店と同時に入ったCDショップで「夕方入荷です」と言われ、咄嗟に都会へ出ようと判断した。新宿か渋谷か・・・迷った果てに乗り込んだ電車はとても混んでいて、失敗したと思った。とりあえずこの電車ならどちらへも行ける。どちらだ。でも、せっかく都会に出るなら渋谷PARCOの展覧会も見に行こう。
そう思った矢先、車体がガタリと揺れて止まった。
人身事故。運転見合わせ。イヤホンの向こうにそんな言葉が流れる。
ついてない、けれどまあこれでしばらくももクロが聴けるか・・・と、アルバムを取り込む前の最後のももクロ曲シャッフルを楽しんでいた。

アルバムはどこでどう買うか。それは最後まで悩んでいた。トレカを取るか、ポスターを取るか、通常版も買うか買わないか。けれど5TH DIMENSIONのフラゲ日に貰ったポスターの隣に貼りたい!とポスターを優先し、人に気兼ねなく貸すために通常版も買おう!と決め、渋谷TSUTAYAから渋谷タワーレコードへ行くルートを叩き出した。

電車も動き、やっとのことで渋谷。立ちっぱなしで遅延して苦労した分、感動もひとしおだなあと踊るように階段を駆け下りた。
まずはTSUTAYA。頭上にいくつも吊るされたポスターが誇らしい。迷わずに初回盤を2枚ゲット。やっと宝物を手に入れた気分で嬉しかった。

次はタワレコ。店の前でお目当ての抽選会が行われており、寒い中ありがたいなと感心。よく確認して通常版を間違いなく選んだ。店員さんに割と待たされた。でもなんだか丁寧でありがたい。店先の抽選所にお持ち下さい!はい知ってますと思いながら真っ直ぐ向かった。

その時、あれっ、と思った。
店先に出るためにドアを押したら、目の前に女性が・・・古ちゃんがいた。
いや、これは、フルちゃんだ。絶対そうだ。こうして密かにショップに足を運ぶのもお仕事なのか、いや、プライベート?と思ううちに行ってしまった。
話しかければ良かったという鈍い後悔の中、まあ古ちゃんだしいいか(失礼!)と気を取り直して抽選へ。

ガラガラと福引のようなアレを回す。当たるか、当たるか!?出た玉は2つとも白。大当たりは叶わず。
しかしポスター2本を貰って大変満足した。TSUTAYAのポスターも合わせて3本。物凄くウキウキしながら速攻で帰ろうとした。

都会に来る気はなかった。早く家へ。CDを聴くために。帰ろうとした。渋谷駅へ戻ろう。振り返った。

そこに
川上さん・・・
あれ!?古ちゃんだけじゃない!?と0.1秒ほどで考えた。
考えながら信じられないことに気付いた。
彼の
隣に
いる
ひと

杏果

「え!?」

そこから先は鮮明ではない。彼女は買ってくれてありがとうとその場にいた数人に言ってくれた気がする。いや、私が言われたのか?でも私が貰ったポスターなどを見てくれていた気はする。
とにかく、目の前に、毎日毎日毎日愛してやまない私のヒロイン・有安杏果さんご本人が普通にいらっしゃった。
近くにいたモノノフさんにどうします、どうします、どうします、と言いながら呆然と眺めた。ナゴヤ行きます、ありがとう、というやりとりを聞きながら私は声を発することが出来なかった。

川上さんが先程まで私の抽選をしてくれていた店員さんに話しかけ、杏果と共に店に入っていった。一瞬躊躇ったけれど私も店に入った。杏果はももクロのパネルの隣に立って写真を撮られている。確かに彼女こそが有安杏果さんだった。

とにかく見つめ続けた。何度か目が合った。どうすればいいのか分からなかった。どうすれば目に焼き付くんだろう。どうしよう、どうしよう。
すると積極的なモノノフさんが握手を求めた。
私も、手を出した。
たしか、杏果推しです、と言いながら差し出した。

え?今、杏果と握手してね?私・・・
感無量というよりは、そんな感じだった。

案外さらっとその瞬間は終わった。
なんだこれ。
なんだこれ。
混乱の中、それでも確かに私の手は、杏果の手のあたたかさを感じた。
ふわっと包まれてあったかいと思った。その感覚だけが残った。数時間経った今も残っている。

本当に状況があやふやだけれど、多分その後杏果はパネルにサインをした。川上さんの背中越しに手元だけが見えて、ペン先が杏果の本物のサインを紡ぐ一部始終をこの目に入れてしまった。
買ったCDやポスターを持つ手が震えた。
杏果の持つペンがサインをするすると生み出していく様が、今まで見たどんな景色よりも泣けるものだった。何故だか分からないけれど、初めてそんな光景を見たから、本当に杏果だと思ったから、感動して胸が詰まった。

川上さんが撮っていいよ!とおっしゃったのを皮切りに、その場にいた人々はスマホをかざし始めた。えっ、ももクロ!?と驚く人がだんだん増えていった。
私のスマホのカメラは壊れている。
けれど普通のカメラなら持っている。一応カメラが趣味であるため、出かける前に一瞬迷って、すぐ帰るとはいえ出かける時は一応持っておこうと鞄に入れたミラーレス一眼。
躊躇いを振り切ってカメラを出し電源を入れた。と同時に充電のゲージが点滅し始めた。しまった充電してない、あと数秒しか持たない、それでも後姿をなんとか収め、最後の最後に杏果の顔を一応撮れた気がした。そして電源はあっけなく落ち、悔しいながらもあとは目に焼き付けようとガン見した。私だけが彼女を見ていた。

いつの間にか多くのお客さんに囲まれて杏果はびっくりしていた。多分(時系列が曖昧だが)その後AMARANTHUS・白金の夜明けコーナーを見て全然CDないね、と川上さんに話しかけたりしていた。私たちは「売れたんですよ!!」と口々に言った。それから店を出た杏果は何度もこちらに手を振ってくれて、川上さんと共にどこかへ行ってしまった。
後をつけることも出来ず、その背中を見えなくなるまで呆然と見送った。
古屋さんだけはいつもの車に乗り込んでいた。

とまあ、10分か15分くらいのご滞在だったと思う。

この感覚を未来永劫残すために、彼女を見た時の感覚を述べよう。
まず、意味が分からなかった。この場にいないはずの人が急に現れて平然といる。ツアー前ということもありまさかこんなところにももクロのメンバー、しかも杏果が来るとは全く想定していなかった。夢にまで見たゲリラ遭遇のはずなのに、現実味がなさすぎて、もしくは現実味がありすぎて、こんなもんかとすら思った。こんな簡単に夢が叶うのかと。心の中にいた異様に冷静な自分が「やべっ、ケチらないでコンタクトしてくればよかった最悪だブサイクだ見られたくない辛い」と真っ先に言っていた。

目の前の女の子が、そうか、本当に、杏果なんだ・・・と脳が理解してくれてからは、可愛いなと思った。私服風でメイクもほとんどしていない感じのかなりラフな杏果。たまに映像やブログの自撮りで見るあのまんまだった。ももクロの衣装を着ていない素の杏果。通りがかった人が驚くくらいに、遠くから見た限りでは普通の女の子といった感じだ。杏果って、普通に人間の女の子なんだ・・・私と同じなんだ・・・という初めて味わう感覚がとにかく不思議だった。

本当はもっとオギャ――――――――!!と大興奮な状況なはずなのに、どうしよう、どうしよう、いる、マジでいる、えっ、えっ、なんで!?という混乱でグシャグシャだった。この瞬間って、あとから振り返ると凄く羨ましいんだろうなあ、忘れたくないなあ、どうすれば忘れないんだろうと必死だった。

それだけ、夢にまで見た人が目の前にいるというのは異常事態なのだ。

杏果って、普通にいるんだ、来てくれるんだ、会えちゃうんだ、こんな渋谷で。ごめん、あの瞬間だけ私はあなたを、身近なお友達のように感じたよ。
でも名残惜しく背中を見送っている時には、私は一生あなたを推しますなんて強く誓っていた。

まとめるとわけのわからない体験だった。意図しなかったゲリラ、ゲリラ豪雨と同じようなものだなとも思う。傘をさす暇もなかった。
雨がやんで呆然としながらPARCOへ向かった。
さっきまで見ていた女の子の綺麗な写真が飾ってあった。
違う、杏果だけど、杏果はさっきの子で、と混乱した。正直それどころではなくてじっくり見ることも出来なかった。また来よう。

PARCOを出て今度こそ田舎に帰ろうと駅へ向かった。
信号待ちをしながらさっきのタワレコが遠巻きに見えた。
その時、古ちゃんが運転する白いワゴンがタワレコの前を離れた。
やがてこちらへ向かってきたスモーク張りの車体は、目の前の道路を颯爽と走り抜けていった。
最後の最後まで目が離せなかった。
いるはずのない妖精さんを連れてきてくれた奇跡。
ありがとう、がんばってね。
祈りを込めて見送った。

呆然に呆然を重ねてもはやどう歩いているのかも分からないような私は、電車に乗り込む前にメモとペンを買った。
杏果と握手した手をなるべく使わないように、指先で会計を済ます。
まずはスマホを取り出してツイッターを開いた。
こんなにもグギギな内容を呟いてしまったが、馴染みのフォロワーさんが祝福して下さってあたたかい。
返信をしていくうちに元々ほとんどなかったスマホの電源が切れてしまった。
電車に揺られながら今度は買ったメモ帖を開き、殴り書いた。私にしか読めない字だ。見返すと「強運?運命?どっちもだ」なんてデカデカと書かれていたりする。
すぐに書き留めて忘れたくなかった。

ここまで大仰なブログを書いておいてなんだが、私は既に一年前の2月24日、春日部の舞台挨拶の直前に杏果と初めて対面している。映画館のロビーで、押し寄せる杏果推しの中で私を見つめて、指先を指しながら口パクで「ネイル、ネイル」と私の緑のネイルを指摘してくれた杏果。
大号泣したけれどもうそんなに思い出せない奇跡だ。だから今日はとにかくまず書き残した。

あれから一年、また逢いたいと願った末に、本当に会えた。
わたしばかりずるい。
でももう、また逢いたいと思っている。

私にとって杏果は憧れの女性で、この世で一番尊敬する人で、誰よりも好きな歌声を聴かせてくれる歌手で、ももクロの推しメンのアイドルで、
なのに目の前にいると等身大の可愛い女の子だ。
なんなんだろうなあ、あの子。
もう分からないです。ただ、もっと好きになった。

時間かけてメイクでもしていたら、電車が止まらなかったら、貸す相手の目途がついて通常版も買おうと決めなかったら、地元のCDショップに朝から入荷されていたら、ポスターよりトレカを選んでいたら、渋谷ではなく新宿に行っていたら、店員さんがもっとキビキビしていたら、私は杏果に会えなかった。いくつもの選択が私を導いた。
なんか、私はあの子を推し続けるしかない。

ふらふらと辿り着いた我が家で、親に感動を捲し立てた。
そしてすぐに写真を印刷してみた。それが、1枚とてもよく撮れていて・・・
自分のカメラで杏果を撮ってみたい、という長年の夢すら私は叶えてしまった。そのうち大きな台紙を買ってきてプリントして飾ろうと思う。

このブログを読んだ未来の私、この幸せをどうか忘れないで。
まだ今の私は聴いていないその2つのアルバムを聴くたび、どんな女の子が頑張って作ってくれたのか思い出せ。
ふわりと微笑んだ優しい姿を、ぎゅっと握ってくれた小さな手の温もりを、生涯の宝物にしてね。