雑記
富士見へ緑を飾る
埼玉県が誇るスーパーアイドル杏果が、富士見市PR大使に任命された。その委嘱式の第2部として「幕が上がる」の上映会と杏果&平田オリザさんによる舞台挨拶が行われるということで、富士見市へ赴いた。というか奇跡的にチケットを譲って頂いた(本当にありがとう)。
東上線に揺られながら、こちらの方面には良い思い出しかないな~とニヤけた。杏果の故郷ふじみ野を訪問したこと。路線は違うけれど、春日部へ杏果の舞台挨拶を見に行ったこと。個人的には、友達とみずほ台なんかで遊んだこと。全部楽しい思い出だ。
今日もまた楽しい思い出にはなるのだろうけれど、春日部の時のように間近で見られる機会はないだろうなと、なんとなく思っていた。遠くに見える小さな杏果とオリザさんのお声を聞いて、満足してそそくさと帰る自分の姿が目に浮かんだ。
そうして初めて鶴瀬駅に降り立ち、ららぽーと富士見に初上陸しひとまず休憩。頃合いを見て会場の富士見市民文化会館キラリ☆ふじみへ向かった。
杏果がかつて利用していたという施設。幼き日の杏果を思い浮かべながら、綺麗な建物や池、公園を眺めた。5月になったばかりだというのに灼熱の陽気で、Tシャツがグショグショになる。でもこの待機列の先に杏果がいると思えば、なんてことはない。
ようやく開場し、列が動き始めた。自由席であるため入った瞬間に咄嗟の判断で動かなくてはならない。さあどうする・・・と思っていたが。
ホールに飛び込み、言葉を失った。
近い。
狭い。
想像の何倍も小さい会場で、けれども案外横幅はあったため前方が埋まる速度は遅く、かなり前方の空席に滑り込むことが出来た。
嘘でしょ。
予想外の近さに鳥肌が立った。そこに杏果が来るのか、と考えただけで死にそうになる。こんなに小さな箱で杏果を見ていいのか。春日部の舞台挨拶の時よりもずっと近い。
ドキドキしながら、まずは幕が上がるの上映に臨んだ。
杏ノフだらけの会場で幕を上げるのは春日部ぶりで、なんだか不思議な気持ちになった。すごく心地が良い。
私にとって幕が上がるは何十回観ても毎度毎度違うことを考えさせられる特殊な映画なのだが、今回もまた新たな解釈が出来た。が、今そこは重要ではないため書かない。
とにかく涙を流しつつ感動して観終えた。余韻が強すぎて、杏果を迎えるテンションではなかった。これから杏果が出てくるとは信じ難かった。
一旦市のPR動画を挟んで、ついに舞台挨拶が始まる。
オリザさんが登場された。
・・・
・・・
近っ!!!
初オリザさん、近い。はっきりお顔が見える。うわあ、オリザさんだ。
杏果も、杏果も来るのか、この距離に。杏果が。杏果!
そしてオリザさんの紹介を受け、下手から杏果が出てきた。
うわあああああああああああああああ
杏果だああああああああああああああ
あああああああああああああああああ
最近よく見るドームトレックの衣装(白ネクタイと半ズボンと黒い靴下の、アレ)で、二つ結びの杏果。
本当に。
心から。
可愛い。
そこにいるのに、そこにいるのが信じられない。緑の衣装に包まれた可愛い可愛い杏果。靴下に付いているリボンがキラキラと輝いている。
ああ、杏果だ。
早速オリザさんとのトークが始まった。まずは二人の富士見市との関わり。オリザさんはキラリ☆ふじみの芸術監督を務めていたことがあり、杏果は富士見市に住んでいたことがある。そんな二人が幕が上がるを通して偶然知り合い、こんな舞台挨拶まで実現したのだと言う。
ここで問題が勃発した。今回の舞台挨拶全編を通して笑いを取った、富士見市かふじみ野市かという問題だ。
富士見市はよく隣接するふじみ野市と間違えられるが、今回は富士見市のイベントであるため敵対するふじみ野市の事柄に触れてはならない。しかし杏果が富士見市に住んでいたのは小4の頃までだったため、そもそも自分がどちらに住んでいたのかも鮮明ではなく、最初にオリザさんと富士見の話になった時はママに電話して聞いたというレベルなのだそう。そのため富士見市PR大使になったにも関わらず、富士見市でいいんですよね?とオリザさんに疑われていた。
サプライズで登場した鶴瀬出身の川上マネージャーも交え、客席の富士見市民の質問を受けたりしながら富士見市での思い出を語って下さったわけだが、杏果には富士見市の場所かふじみ野市の場所かという区別は難しいようで、地名を挙げる際に一旦オリザさんに耳打ちして確認する場面が何度かあった。それが・・・物凄く可愛かった。きちんと富士見市の地名を挙げられて客席からOKのサインを貰った時の喜びようも実に可愛かった。
ディープな富士見談議に非市民としては正直ポカーンとなる場面もあったが、「ああ!行ったことある!」「ああ~あった~」という風に懐かしの施設名に声を上げる杏果が楽しそうでとにかく可愛かった。私にとって唯一馴染み深かった「みずほ台」という単語を杏果が発した時には身を乗り出しそうになったが。
川上さんの行きつけの床屋さんが、昔杏果がオーディションやイベントの前に髪を整えに行っていたところだというエピソードなど、興味深い話も沢山あった。
質問コーナーでマイクを持って走る川上さんを「動けるデブ」と評したブラックな杏果も面白可愛かった。
そういうわけで、昔を振り返る杏果は可愛いな!昔の杏果を知れるのは面白いな!という舞台挨拶だったのだが、終盤に意外な展開が待っていた。
富士見市民からの質問コーナーで、最後にどうしてももう一人言わせてほしいと言って女性が立ったのだ。
覚えていますでしょうか、小学校の登校班で一緒だった○○と△△の母です。
これには会場も杏果も大変驚いた。
そのお母さんは「小学校の運動会で一人ずば抜けてキレキレのダンスを披露していた杏果が、今こうして活躍している姿を見て嬉しく思っていました、これからも応援します」といった旨を続けた。
運動会のダンスのくだりで照れて隠れようとする杏果はとてもとても可愛くて萌えたが、その時何故か涙が出てきた。周りは全然泣いていないのに泣くのはおかしいと思い耐えようとしたけれど、若干零れてしまった。思い込みかもしれないが杏果の目も潤んでいるように見えた。
昔を知っている人の元へ、大きくなった杏果が帰ってきた。育った地の大使として、立派になって戻ってきた。それを心から喜んでいる方がいる。ちゃんと見てくれている方がいる。
杏果にも、あのお母さんにも、本当に良かったねという気持ちで一杯になった。こんなことってあるんだ。良かったね、本当、良かったね。
あの会場は杏果が何度も驚くくらい沢山の杏ノフで埋まっていて、見渡す限りの緑が広がっていた。同じステージに立っていた幼い杏果には想像も出来なかった光景だろう。
小さい頃、富士見でのびやかに育ちつつ、様々な苦悩にもがき、未来の自分の姿など知らずに必死で頑張っていた女の子が、沢山の仲間を引き連れて帰ってきた。そんな彼女の人生の美しさ、シンデレラストーリーのヒロインのようなきらめきを、どこまでも愛しいと思った。
その上で、杏果はもっと綺麗なシナリオを書き足そうと決めていた。
来年もキラリ☆ふじみでイベントを出来るように頑張っていると川上さんが言った瞬間、
「歌いたいです」
とはっきり告げたのだ。音響の良いこのホールで歌いたい、と。
帰ってきたこの場所で、音楽を届けるという新たな夢を紡ぐ。
故郷へ錦を飾り、更なる錦を描く。
そんな彼女の姿を間近で見られただけで、今日来た甲斐がありすぎた。
そして楽しい時間はあっという間に終わりを迎える。
杏果は何度も嬉しそうに会場を見渡し、手を振り、可愛らしい笑顔を届け、写真撮影では可愛いぜーっと!を連発し、大好きですと言われたら「私も皆のこと大好きだよ」と返し、ブログ用の写真をせがみ、なんだかもう、本当にファンが好きなんだなと感じた。
「ここにいる皆さんは絶対7月3日来てください」と言い残し、最後まで可愛い笑顔で去っていった。
想像を遥かに超える可愛さと感動を摂取したため、終演後の多幸感が果てしなかった。好きだ。大好きだ。幸せだ。良かったね。そんなことがずーっと頭の中をぐるぐるぐるぐるしていた。
ぼやーっとした気分で会場を出ると、駐車場付近でモモノフが帰らずに留まっている。ここに来るのか、とピンと来て、とりあえず待った。
すると案外すぐに川上さんが出てきて、オリザさんも顔を覗かせた。
ちょっとドキドキする。
すると、ついにオシャレな私服の女性が姿を現した。一瞬分からなかったが紛れもなく杏果だ。ちょっと、あり得ないくらいに可愛い。
杏果は3方向くらいに散らばったモモノフの元へそれぞれ走って行って、笑顔で手を振り、記念写真に写っていた。私のいた方にも来てくれた。その時、まさに目の前に杏果がいた。
で、その杏果が・・・
びっくりするほど可愛かった。
もちろん先程までステージ上にいた杏果も可愛かったし、今まで間近で見た杏果も可愛かったし、本来であれば「やっぱり可愛い」ということになるのだろうが、今日のあの杏果は過去を凌駕する程の次元の違った可愛さを纏っていた。大勢のモモノフの前ではしゃぐような杏果・・・あんなに弾けた姿を生で見たのは初めてかもしれない。だからこそあんなに可愛かったのか。もうこの世のものとは思えない可愛さだったのだ。
杏果は車に乗り込み、開けられた窓から手を振りながら去っていった。と思ったらその先のポイントでもう一度モモノフに囲まれ、最後まで手を振って駆け抜けていった。地元の方がその光景を不思議そうに見ていたが、傍から見ればあの姿はまさしくスターそのものであったと思う。富士見を緑で染め上げるスーパースター。あの方が、有安杏果さんなんですと言って回りたかった。あれだけ愛されている人気者なんです、杏果は。
帰り道、私は幸せ以外の如何なる感情をも持てなかった。
杏果の人生という清らかな奇跡に、ファンとして携われることを心から誇りたいと思った。ありがたいと思った。杏果が生まれてきてくれたこと、同じ世に私が生まれてこれたこと、感謝してもしきれない。
これからも杏果を応援したいし、杏果の人生の輝きを追い続けたいし、私にとってそれは絶対に意味のある選択だと自信を持てる。
一方で、ほとんど同じだけ生きてきた自分の人生が輝いていないのは問題だ。だけれども、杏果がいれば頑張れると素直に思える。
杏果が好き、それだけで世界を変える。本当に好きなんだ。
まさか今日、こんなにも温かい気持ちになれるとは。あんなに近くで可愛さを堪能できるとは。ここまで最高の思い出を持って帰れるとは思っていなかった。春日部の帰り道にも似た幸せを噛みしめている。
永遠に、誰が何と言おうと、杏果が一番好きだ。
あと何度だろう、ありがとう杏色空。
☆杏果が通っていた床屋さん(多分)
☆HMVに残してくれたサイン
鹿目まどかと百田夏菜子
杏果推し失格
ももかがブログを更新しました。この文字列にはいつもボルテージをMAXにさせられるが、3月15日に見ると更に格別だ。光の速さで充電所に飛び込む。
「9年前にもらったプレゼントをこれからも」
なんのことだろう。物凄くドキドキしながら読み進めた。
「有安杏果はね」
その先を読んで・・・視界がぼやけた。
そして、
霧が晴れた。
昨日一日中杏果のことを考えていた。杏果の歌を聴いていた。生誕ツイートを眺めたり、とりとめもなく呟いたり。今年は会うことは出来なかったけれど、楽しくのんびり生誕祭を過ごした。
でもどうしてか、常に違和感があった。
杏果ってこういう人だったっけ。私は杏果のことをこういう風に思っていたっけ。前はもっと違った気がする。なんだろう。なんでだろう。
確かに「好き」という気持ちはあるのだけれど、こんな風な「好き」だったっけ。生誕ツイートとはいうけれど、昔の私はこんなことを書いていたっけ。
ぼんやりと、けれどもはっきりとおかしさを感じていた。
「有安杏果はね」
杏果は、そんな私に答えを届けてくれた。
9年前の喉の手術。声。夢。奇跡。
涙が溢れると同時に、ハッとした。
私は今日一度でも9年前の手術のことを思い出しただろうか。
それだけじゃない。杏果が数多の苦労の末にももクロに入り、屈辱を受けても努力の末に認められ、それから幾度も壁を壊した末に今があるということ。
なんてこった。
すっかり忘れていたじゃないか。
私が昨日、というかここしばらく抱いていた杏果への思いはざっくりこうだ。
杏果は好きなことを尋常ではない程頑張っていて、その姿はとてもイキイキしている。私はそんな杏果の生き様に憧憬を抱き、そんな杏果の歌声に心酔している。とはいえタワレコで私服の杏果を見た時思ったように杏果は私と同じ人間で、だから崇拝や信仰の対象というよりは尊敬できる仲間という感じ。いつだって無条件に大好きだし愛してる。これからも杏果と一緒に歩んでいきたい。
それな。確かにそうだ。それは今も嘘じゃない。でもそれでは違和感があってもやもやしていたのだ。
やっと分かった。
抜けていたんだ。
杏果がどれだけの苦難の果てにそこにいるのかということを、全然意識していなかった。
最近の杏果はソロコンも決まって絶好調で楽しそうだしかっこよすぎるから、その印象ばかりに目を向けていた。
夢を叶えていく杏果の笑顔も、私の心を世界一掴んでくれる歌唱も、当たり前のように受け入れていた。
今の杏果の中にも決して消えることなく在り続ける過去の軌跡。それら全てに対する感謝が、抜けていたんだ。
杏果を好きになりたての頃、彼女の長い努力の歴史に惹かれていたし、そこに感謝の念があった。あの感覚こそが私の杏果推しとしての根幹だった。好きになった理由と言い換えてもいい。
要は今の杏果を尊敬しすぎて、過去の杏果を忘れ、根幹を見失っていた。それはそれで杏果の進化が凄い証拠としてはいいのかもしれない。でも私自身はダメだ。だって、
今の杏果と未来の杏果のことばかり称えて背中を追うけれど、杏果がここにいてくれることに対する感謝を忘れているのでは、もうなんというか、失格じゃないか。
杏果の声が出ること。
杏果が人前で歌えること。
杏果が夢を叶えていくこと。
杏果はそれを「奇跡」と書いた。杏果が大切にしている「奇跡」という言葉を使う価値があるからこそそう書くのだろう。
決してそれを「当然」として流すようなことはしない。杏果の中には幼い頃の杏果が、今までの杏果がちゃんといる。
なのに私は・・・
噛みしめていただろうか。「奇跡」を。お誕生日だからこそ噛みしめるはずなんじゃないのか。
杏果の好きなところといえばそういう面を必ず挙げていたのに、今まではちゃんと感謝していたのに。こんなの、杏果に出会ってからの4年半で初めてだ。
いつの間にか、私の杏果に対する「好き」の中で絶対に忘れてはいけないはずのものが抜け落ちていたのだ。そりゃあ違和感があるはずだ。
手術をしてあの声を手に入れてくれた杏果、子役時代やEXPG時代に悔しい思いも沢山した杏果、やっと入ったグループの解散を誕生日に告げられた杏果、ももクロに入ったことを散々非難された杏果、それでも必死で努力して認められた杏果、アイドル活動の傍ら勉強もきちんとしていた杏果、米子の夜に脱皮を決意した杏果、歌えない喋れない数か月を乗り越えた杏果、リスクを恐れず扁桃腺を切った杏果・・・
全ての杏果にありがとう。
私が今杏果の歌を好きなだけ聴いて好きなだけ杏果を尊敬することが出来るのは、今までの杏果がたくさんのことを乗り越えてきてくれたおかげだ。
当たり前じゃない。ありがとう。
そんなことも見失っていた昨日までの私は本当に恥ずかしいし信じられない。
杏果、ありがとう。ももパワーで霧が晴れたよ。
杏果がどれだけ進化しても変わらない部分が必ずあるように、私にも杏果推しとして変わってはいけない部分があるのだ。
泣きながら積み上げてきた過去こそが今の杏果に繋がっている。杏果がここにいてくれることはなによりも感謝すべき奇跡なのだ。その気持ちをなくしてはならない。
ありがとうが欠けたら何も始まらない。称賛や尊敬だけでは何もプレゼントできない。
だからもう絶対に見失ったりしない。
杏果が勝ち取ってくれた奇跡を軽んじたりしない。
これからは、ありがとうを目一杯伝えようと思う。
21年間の杏果の全てを含んだ、21歳の杏果に。
※ネタバレ 初聴き感想
AMARANTHUS/白金の夜明けを初めて聴き終わった私の感想
20:20 2016.2.16
聴き終わった!終わった!電気をつけた。聴き込む前に、初めて聴いたたった一度の今の感想を未来の自分に告ぐ。
部屋を暗くして、歌詞カードだけをライトで照らして、ビジュアルを並べて、AMARANTHUS→白金の夜明けをぶっ通しで聴く。これが本当に正解だった。素晴らしい体験が出来た。
あっという間の、長い旅だった。
このCDのことが発表されてから随分経った。それから今日まで、今日のためだけに生きている節もあった。日々明かされていく細切れの情報の中で、私はどんなに凄い音楽が待っているんだろうと期待を育てて育てて抱えきれなくなっていった。
けれど待っていたのは音楽じゃない。音楽だけれど音楽じゃない。
きっと音楽史を変えるような凄い作品なんだろう!そんな期待をずっと抱いていた。
でもこれは、この2枚のアルバムは、芸術?世界?もっと何か、生命を超越したなにか、地球を包み込むようななにか、だった。
物凄い感情なう。なんだろうこれ。
旅を終えたような心地よい、けれど強烈な後味。
そうかこれは、旅、だ。
いのちを巡る旅。人生と宇宙を超越した輪廻の旅。
まずはAMARANTHUS。
以下語彙力消失。率直な感情。深く書かない。
embryo-prologue-
これはまさに生まれる感じ。ああ生まれる前だ!そんな感情を引きずり出される。やばい。引き込まれる。
WE ARE BORN
やばい、この世に生まれた。うんうん、生まれた!
モノクロデッサン
これはやばい。めちゃめちゃいい。この曲は。まさにももいろクローバーZ。いい曲すぎやん。そうか、赤ちゃんの目にはモノクロの世界が見えてるわけだ。
「昔好きだった色」というフレーズに胸が詰まった。
人生、だなあ。
ゴリラパンチ
きたー!ラジオでの先行公開を我慢し、フルを初めて聴く。
・・・・・・
えっ・・・
杏果のAメロ・・・
あかん・・・
かっこよすぎる・・・
やばい、かっこよすぎる・・・これだ、私が杏果に歌って欲しかった歌だ・・・
おお、意外とキャッチ―なサビらへん
また杏果のAメロかっこよすぎる・・・
うわ、うまい・・・
やばい・・・
(繰り返し)
武陵桃源なかよし物語
きたー前山田~おかえり~
・・・
やべえ
やべえ、いいじゃん
マジおかえり、前山田健一さん。あなたの歌だね、これ。
まだまだ幼い青春って感じ?だからここなのか。
勝手に君に
フォーク村で聴いてはいたが、音源やべえな。
マー君・・・
いいね、これ。
なんぞこんないい曲なの。
学生の青春感ある。
青春賦
ここで学校行って卒業ね、
ももクロちゃん達も、私も、高校卒業したんだなあ。
ももクロちゃん、大人になっていくんだよなあ・・・しみじみ
サボテンとリボン
神前曲~!う、うおおおお?ノれるなにこれ、言葉の感じがめっちゃ耳にいい感じに入る。やばい。天才神前と天才只野が出会った。やばい。いい。かわいい。
ああ、ももクロちゃんも恋をしてしまうのか・・・
デモンストレーション
・・・
ななああああああんじゃああこれええええめええええっちゃいいいいいいいいい
やばいやばいやばいやばいやばい、はあ!?!?!?!?!?!?
ねえ、やばくね!?ちょっと!おいおいおいおいおいおいおいお
仏桑花
からのぶっそーげかよ!落差!
・・・
(涙を流す)
お母さんありがとう・・・
これ結婚式で流したい。
泣いてもいいんだよ
頑張る親、社会人って感じなあ。父の日のPV思い出すなあ。
「そりゃ」ってそこに書くもんだっけ?
Guns N’ Diamond
期待値最大のこの曲。唾をのむ。来るぞ・・・
・・・
・・・
やばい
え
かっけえかっけえかっけえっかっけえかっこいいいよおおおおおおおおおおおおおお
かっこいいかっこいいなにこれなにこれかっこいいやばいあああええええええええええええええええええ無理いいいいかっこいいいいい期待超えてるううううう
中高年の歌なのかこれ。かっこよすぎる。こんな大人になりてえ。
マジでこれナンバー1だな。
バイバイでさようなら
死の直前の歌。覚悟して聴く。
・・・
いい
パレードか、だからこの写真みんな楽器持ってパレードみたいなんだなるほどね。
ああ
終わっちゃう 人生が
HAPPY Re:BIRTHDAY
もう最後・・・もう死んじゃう・・・
ああそうかここがあの森か
ああ・・・
「あたたかいきみの手のひらの
感触をおもいだせないの」
私も、今朝触れた杏果の手のひらの感触を
死んだら忘れてしまうのかな
でも・・・
Re:BIRTHDAY
またうまれる いいな ああ またはじまる
そうして音が止まった。あっという間だったけれど、ながい人生を体験した気がした。
ここで呆然と余韻に浸りながらも一息ついて、白金の夜明けへ。
個のA、始まりのZ-prologue-
!!!!!!!!!!!!マジか、そういうことか、このメロディ
今ここって、死んでる?死後の世界みたい
「夢の世界」って言ってたけど、これは死後の世界なんじゃね。
ふわりふわりと。つづいてる。まだ続きが聴ける。
桃源郷
きましたナッキー!!もう聴いちゃったけど!
あでもこれ、このサウンド、あれ、やばい、なるほど、ここが、こういう世界か。
やっぱり死後って感じ。
白金の夜明け
もう何十回目だろうなあ。
この曲がここに入るのも、わかるなあ。なるほどなあ。
マホロバケーション
うえーーーーい!!!!キタ――(゚∀゚)――!はいはい踊ります。
ニ!ル!ヴァ!ー!ナ!
でもなるほどね、ここでマホロバなのね。
夢の浮世に咲いてみな
きました~久々に聴きたかった!うんうん
あれ・・・さあ君も一緒に~のところ
すごくストンと来る。今この世界の流れにぴったりだ。なるほど。終わらない熱狂始まる国へ。同じ世界が続いてる感じする。だからこの曲はこっちなんだ。
ROCK THE BOAT
期待値最大。ずっと楽しみだったこの曲・・・いくぞ
・・・
あやばい
これ
あかん
マジでかっけえ
えっ
いやしおりん、玉井詩織えろい
やばいこれ、マジでかっこいいやばい、やばい、勇気出る、なんやこれ。好きすぎるさすがっていうかこのページの歌詞の並びやべえ、全部期待値MAX組じゃんけえええ
希望の向こうへ
思い出される天龍。
やばい、れにちゃんさすが。
あっ
「この手のぬくもりは たしかだから」
さっき、私にぴったりですって言われたのは、そういうことか。
いやこのメロディーあかんやろ。なにこれ泣ける。マジでやばい。あかん・・・
カントリーローズ-時の旅人-
いよいよだ、一番期待してたこの曲。
・・・
およよ!?!?!
なんか東方っぽい東方感ある。最初こんなんなん?
おっおっ!??いいぞこれ、これは、おおおおおおお!
キタ――――――――!!!!!!!!!
うわうわうわ
東方っぽい!
これめっちゃいい、うん、予想と違うけどいい!
やばいやばいやばいそういう展開かよやべえよ。
というか分かってきた。今、地球を目指してるんだ。もう一度生まれる地球を。辛い道って「暗く狭い道」だったりして。
イマジネーション
出た。どうなる。
は、はああああああああそういう展開いいいいいいいなんこれ!!!
文学すぎる。マジかよお前ら!そうなる!
これ、すげえよ、あんた、天才だな。
MOON PRIDE
からのこれね。さすがに分かる。完璧な展開だ。曲の繋がりやばい。
『Z』の誓い
わかった・・・。「星」だ。星とか地球とか故郷とかずっとある。やっぱりこれって死んだあと地球という故郷へ戻ってる話なのかも。
(今これを書いている時に気付いたが、そうなるとムンプラの「この広い宇宙で 何度生まれ変わっても」って実は物凄く作品の芯になる歌詞に見える)
愛を継ぐもの
これも期待値高い。
・・・
やられた。
前山田健一、あんたはなぜそうやって一番いい曲ばかりをくれるのか。
すごいよ。作曲だけじゃない、詞もやばいこれ。この発想はないよ。
そして後半のあーりんパートね。歌詞ね。分かるよ。そこ繋げるんだ。あんたって人はほんとうに・・・
両方のアルバムに提供して貰えて良かった。凄い。
もっ黒ニナル果て
(やっぱり本当の音程は低い・・・慣れよう)
なんだか意識が朦朧としてきた。ここはどこだ。もう終わっちゃうよ。
もうどこだかも分からない世界で、出会ったんだな。
なにもかももっ黒になっていく。
桃色空
フル期待。最後の最後の一曲だ。
・・・
・・・
スケールがやばい
うわ
もう
参りました。
セカイに溶け込んでる。はあ。
すごい歌詞だ。すごいボーカル。杏果・・・
そしてまた始まる。
聴き終わって思わず拍手した。
割と浅い感想しか書かなかったが、言葉に出来ない独特の空気を、ここではないどこかの、ももクロではない5人の紡ぐ旅を、存分に感じていた。これはもう言語化出来ない。聴いてくれ。
何もかもが完璧だった。どうして音楽でこんな世界を生み出せるんだろう。
これを作った大人の方々も、まさにその通りな歌声を載せたももクロちゃんも、凄すぎる。本当にももクロちゃんのアルバムなのか、これは。
5TH DIMENSIONの向こう側、GOUNNのさらに上、澄んだ世界を確かに感じた。
どうしてこんなことが出来るの。
でも今のももクロにしか出来ないことだと思った。
多分細かく考察していったらキリがない気がする。いくらでも深められる。だからその前に率直な今の感想をただただ書いておいた。
ただ、なぜジャケットのももクロちゃんの髪が長いのか、今ならなんとなく分かる気がする。言葉にはしないけれど。
これからこの2枚と共にどうやって生きていくんだろう。ももクロちゃんも、私も。
何も想像できない。今日をもってももクロちゃんは新しいももクロちゃんになったんだなあ。
ももクロを好きになって、この作品に出会えて、良かった。
2016年2月16日
杏果に会った。
都会に行く気はなかった。すぐ帰るつもりでコンタクトも入れず眼鏡で家を飛び出した。メイクもせず髪もボサボサのまま、とにかく一刻も早くAMARANTHUSと白金の夜明けを手に入れようと電車に飛び乗った。
しかし出鼻はくじかれた。開店と同時に入ったCDショップで「夕方入荷です」と言われ、咄嗟に都会へ出ようと判断した。新宿か渋谷か・・・迷った果てに乗り込んだ電車はとても混んでいて、失敗したと思った。とりあえずこの電車ならどちらへも行ける。どちらだ。でも、せっかく都会に出るなら渋谷PARCOの展覧会も見に行こう。
そう思った矢先、車体がガタリと揺れて止まった。
人身事故。運転見合わせ。イヤホンの向こうにそんな言葉が流れる。
ついてない、けれどまあこれでしばらくももクロが聴けるか・・・と、アルバムを取り込む前の最後のももクロ曲シャッフルを楽しんでいた。
アルバムはどこでどう買うか。それは最後まで悩んでいた。トレカを取るか、ポスターを取るか、通常版も買うか買わないか。けれど5TH DIMENSIONのフラゲ日に貰ったポスターの隣に貼りたい!とポスターを優先し、人に気兼ねなく貸すために通常版も買おう!と決め、渋谷TSUTAYAから渋谷タワーレコードへ行くルートを叩き出した。
電車も動き、やっとのことで渋谷。立ちっぱなしで遅延して苦労した分、感動もひとしおだなあと踊るように階段を駆け下りた。
まずはTSUTAYA。頭上にいくつも吊るされたポスターが誇らしい。迷わずに初回盤を2枚ゲット。やっと宝物を手に入れた気分で嬉しかった。
次はタワレコ。店の前でお目当ての抽選会が行われており、寒い中ありがたいなと感心。よく確認して通常版を間違いなく選んだ。店員さんに割と待たされた。でもなんだか丁寧でありがたい。店先の抽選所にお持ち下さい!はい知ってますと思いながら真っ直ぐ向かった。
その時、あれっ、と思った。
店先に出るためにドアを押したら、目の前に女性が・・・古ちゃんがいた。
いや、これは、フルちゃんだ。絶対そうだ。こうして密かにショップに足を運ぶのもお仕事なのか、いや、プライベート?と思ううちに行ってしまった。
話しかければ良かったという鈍い後悔の中、まあ古ちゃんだしいいか(失礼!)と気を取り直して抽選へ。
ガラガラと福引のようなアレを回す。当たるか、当たるか!?出た玉は2つとも白。大当たりは叶わず。
しかしポスター2本を貰って大変満足した。TSUTAYAのポスターも合わせて3本。物凄くウキウキしながら速攻で帰ろうとした。
都会に来る気はなかった。早く家へ。CDを聴くために。帰ろうとした。渋谷駅へ戻ろう。振り返った。
そこに
川上さん・・・
あれ!?古ちゃんだけじゃない!?と0.1秒ほどで考えた。
考えながら信じられないことに気付いた。
彼の
隣に
いる
ひと
は
杏果
「え!?」
そこから先は鮮明ではない。彼女は買ってくれてありがとうとその場にいた数人に言ってくれた気がする。いや、私が言われたのか?でも私が貰ったポスターなどを見てくれていた気はする。
とにかく、目の前に、毎日毎日毎日愛してやまない私のヒロイン・有安杏果さんご本人が普通にいらっしゃった。
近くにいたモノノフさんにどうします、どうします、どうします、と言いながら呆然と眺めた。ナゴヤ行きます、ありがとう、というやりとりを聞きながら私は声を発することが出来なかった。
川上さんが先程まで私の抽選をしてくれていた店員さんに話しかけ、杏果と共に店に入っていった。一瞬躊躇ったけれど私も店に入った。杏果はももクロのパネルの隣に立って写真を撮られている。確かに彼女こそが有安杏果さんだった。
とにかく見つめ続けた。何度か目が合った。どうすればいいのか分からなかった。どうすれば目に焼き付くんだろう。どうしよう、どうしよう。
すると積極的なモノノフさんが握手を求めた。
私も、手を出した。
たしか、杏果推しです、と言いながら差し出した。
え?今、杏果と握手してね?私・・・
感無量というよりは、そんな感じだった。
案外さらっとその瞬間は終わった。
なんだこれ。
なんだこれ。
混乱の中、それでも確かに私の手は、杏果の手のあたたかさを感じた。
ふわっと包まれてあったかいと思った。その感覚だけが残った。数時間経った今も残っている。
本当に状況があやふやだけれど、多分その後杏果はパネルにサインをした。川上さんの背中越しに手元だけが見えて、ペン先が杏果の本物のサインを紡ぐ一部始終をこの目に入れてしまった。
買ったCDやポスターを持つ手が震えた。
杏果の持つペンがサインをするすると生み出していく様が、今まで見たどんな景色よりも泣けるものだった。何故だか分からないけれど、初めてそんな光景を見たから、本当に杏果だと思ったから、感動して胸が詰まった。
川上さんが撮っていいよ!とおっしゃったのを皮切りに、その場にいた人々はスマホをかざし始めた。えっ、ももクロ!?と驚く人がだんだん増えていった。
私のスマホのカメラは壊れている。
けれど普通のカメラなら持っている。一応カメラが趣味であるため、出かける前に一瞬迷って、すぐ帰るとはいえ出かける時は一応持っておこうと鞄に入れたミラーレス一眼。
躊躇いを振り切ってカメラを出し電源を入れた。と同時に充電のゲージが点滅し始めた。しまった充電してない、あと数秒しか持たない、それでも後姿をなんとか収め、最後の最後に杏果の顔を一応撮れた気がした。そして電源はあっけなく落ち、悔しいながらもあとは目に焼き付けようとガン見した。私だけが彼女を見ていた。
いつの間にか多くのお客さんに囲まれて杏果はびっくりしていた。多分(時系列が曖昧だが)その後AMARANTHUS・白金の夜明けコーナーを見て全然CDないね、と川上さんに話しかけたりしていた。私たちは「売れたんですよ!!」と口々に言った。それから店を出た杏果は何度もこちらに手を振ってくれて、川上さんと共にどこかへ行ってしまった。
後をつけることも出来ず、その背中を見えなくなるまで呆然と見送った。
古屋さんだけはいつもの車に乗り込んでいた。
とまあ、10分か15分くらいのご滞在だったと思う。
この感覚を未来永劫残すために、彼女を見た時の感覚を述べよう。
まず、意味が分からなかった。この場にいないはずの人が急に現れて平然といる。ツアー前ということもありまさかこんなところにももクロのメンバー、しかも杏果が来るとは全く想定していなかった。夢にまで見たゲリラ遭遇のはずなのに、現実味がなさすぎて、もしくは現実味がありすぎて、こんなもんかとすら思った。こんな簡単に夢が叶うのかと。心の中にいた異様に冷静な自分が「やべっ、ケチらないでコンタクトしてくればよかった最悪だブサイクだ見られたくない辛い」と真っ先に言っていた。
目の前の女の子が、そうか、本当に、杏果なんだ・・・と脳が理解してくれてからは、可愛いなと思った。私服風でメイクもほとんどしていない感じのかなりラフな杏果。たまに映像やブログの自撮りで見るあのまんまだった。ももクロの衣装を着ていない素の杏果。通りがかった人が驚くくらいに、遠くから見た限りでは普通の女の子といった感じだ。杏果って、普通に人間の女の子なんだ・・・私と同じなんだ・・・という初めて味わう感覚がとにかく不思議だった。
本当はもっとオギャ――――――――!!と大興奮な状況なはずなのに、どうしよう、どうしよう、いる、マジでいる、えっ、えっ、なんで!?という混乱でグシャグシャだった。この瞬間って、あとから振り返ると凄く羨ましいんだろうなあ、忘れたくないなあ、どうすれば忘れないんだろうと必死だった。
それだけ、夢にまで見た人が目の前にいるというのは異常事態なのだ。
杏果って、普通にいるんだ、来てくれるんだ、会えちゃうんだ、こんな渋谷で。ごめん、あの瞬間だけ私はあなたを、身近なお友達のように感じたよ。
でも名残惜しく背中を見送っている時には、私は一生あなたを推しますなんて強く誓っていた。
まとめるとわけのわからない体験だった。意図しなかったゲリラ、ゲリラ豪雨と同じようなものだなとも思う。傘をさす暇もなかった。
雨がやんで呆然としながらPARCOへ向かった。
さっきまで見ていた女の子の綺麗な写真が飾ってあった。
違う、杏果だけど、杏果はさっきの子で、と混乱した。正直それどころではなくてじっくり見ることも出来なかった。また来よう。
PARCOを出て今度こそ田舎に帰ろうと駅へ向かった。
信号待ちをしながらさっきのタワレコが遠巻きに見えた。
その時、古ちゃんが運転する白いワゴンがタワレコの前を離れた。
やがてこちらへ向かってきたスモーク張りの車体は、目の前の道路を颯爽と走り抜けていった。
最後の最後まで目が離せなかった。
いるはずのない妖精さんを連れてきてくれた奇跡。
ありがとう、がんばってね。
祈りを込めて見送った。
呆然に呆然を重ねてもはやどう歩いているのかも分からないような私は、電車に乗り込む前にメモとペンを買った。
杏果と握手した手をなるべく使わないように、指先で会計を済ます。
まずはスマホを取り出してツイッターを開いた。
こんなにもグギギな内容を呟いてしまったが、馴染みのフォロワーさんが祝福して下さってあたたかい。
返信をしていくうちに元々ほとんどなかったスマホの電源が切れてしまった。
電車に揺られながら今度は買ったメモ帖を開き、殴り書いた。私にしか読めない字だ。見返すと「強運?運命?どっちもだ」なんてデカデカと書かれていたりする。
すぐに書き留めて忘れたくなかった。
ここまで大仰なブログを書いておいてなんだが、私は既に一年前の2月24日、春日部の舞台挨拶の直前に杏果と初めて対面している。映画館のロビーで、押し寄せる杏果推しの中で私を見つめて、指先を指しながら口パクで「ネイル、ネイル」と私の緑のネイルを指摘してくれた杏果。
大号泣したけれどもうそんなに思い出せない奇跡だ。だから今日はとにかくまず書き残した。
あれから一年、また逢いたいと願った末に、本当に会えた。
わたしばかりずるい。
でももう、また逢いたいと思っている。
私にとって杏果は憧れの女性で、この世で一番尊敬する人で、誰よりも好きな歌声を聴かせてくれる歌手で、ももクロの推しメンのアイドルで、
なのに目の前にいると等身大の可愛い女の子だ。
なんなんだろうなあ、あの子。
もう分からないです。ただ、もっと好きになった。
時間かけてメイクでもしていたら、電車が止まらなかったら、貸す相手の目途がついて通常版も買おうと決めなかったら、地元のCDショップに朝から入荷されていたら、ポスターよりトレカを選んでいたら、渋谷ではなく新宿に行っていたら、店員さんがもっとキビキビしていたら、私は杏果に会えなかった。いくつもの選択が私を導いた。
なんか、私はあの子を推し続けるしかない。
ふらふらと辿り着いた我が家で、親に感動を捲し立てた。
そしてすぐに写真を印刷してみた。それが、1枚とてもよく撮れていて・・・
自分のカメラで杏果を撮ってみたい、という長年の夢すら私は叶えてしまった。そのうち大きな台紙を買ってきてプリントして飾ろうと思う。
このブログを読んだ未来の私、この幸せをどうか忘れないで。
まだ今の私は聴いていないその2つのアルバムを聴くたび、どんな女の子が頑張って作ってくれたのか思い出せ。
ふわりと微笑んだ優しい姿を、ぎゅっと握ってくれた小さな手の温もりを、生涯の宝物にしてね。