2016年2月16日

杏果に会った。

都会に行く気はなかった。すぐ帰るつもりでコンタクトも入れず眼鏡で家を飛び出した。メイクもせず髪もボサボサのまま、とにかく一刻も早くAMARANTHUSと白金の夜明けを手に入れようと電車に飛び乗った。
しかし出鼻はくじかれた。開店と同時に入ったCDショップで「夕方入荷です」と言われ、咄嗟に都会へ出ようと判断した。新宿か渋谷か・・・迷った果てに乗り込んだ電車はとても混んでいて、失敗したと思った。とりあえずこの電車ならどちらへも行ける。どちらだ。でも、せっかく都会に出るなら渋谷PARCOの展覧会も見に行こう。
そう思った矢先、車体がガタリと揺れて止まった。
人身事故。運転見合わせ。イヤホンの向こうにそんな言葉が流れる。
ついてない、けれどまあこれでしばらくももクロが聴けるか・・・と、アルバムを取り込む前の最後のももクロ曲シャッフルを楽しんでいた。

アルバムはどこでどう買うか。それは最後まで悩んでいた。トレカを取るか、ポスターを取るか、通常版も買うか買わないか。けれど5TH DIMENSIONのフラゲ日に貰ったポスターの隣に貼りたい!とポスターを優先し、人に気兼ねなく貸すために通常版も買おう!と決め、渋谷TSUTAYAから渋谷タワーレコードへ行くルートを叩き出した。

電車も動き、やっとのことで渋谷。立ちっぱなしで遅延して苦労した分、感動もひとしおだなあと踊るように階段を駆け下りた。
まずはTSUTAYA。頭上にいくつも吊るされたポスターが誇らしい。迷わずに初回盤を2枚ゲット。やっと宝物を手に入れた気分で嬉しかった。

次はタワレコ。店の前でお目当ての抽選会が行われており、寒い中ありがたいなと感心。よく確認して通常版を間違いなく選んだ。店員さんに割と待たされた。でもなんだか丁寧でありがたい。店先の抽選所にお持ち下さい!はい知ってますと思いながら真っ直ぐ向かった。

その時、あれっ、と思った。
店先に出るためにドアを押したら、目の前に女性が・・・古ちゃんがいた。
いや、これは、フルちゃんだ。絶対そうだ。こうして密かにショップに足を運ぶのもお仕事なのか、いや、プライベート?と思ううちに行ってしまった。
話しかければ良かったという鈍い後悔の中、まあ古ちゃんだしいいか(失礼!)と気を取り直して抽選へ。

ガラガラと福引のようなアレを回す。当たるか、当たるか!?出た玉は2つとも白。大当たりは叶わず。
しかしポスター2本を貰って大変満足した。TSUTAYAのポスターも合わせて3本。物凄くウキウキしながら速攻で帰ろうとした。

都会に来る気はなかった。早く家へ。CDを聴くために。帰ろうとした。渋谷駅へ戻ろう。振り返った。

そこに
川上さん・・・
あれ!?古ちゃんだけじゃない!?と0.1秒ほどで考えた。
考えながら信じられないことに気付いた。
彼の
隣に
いる
ひと

杏果

「え!?」

そこから先は鮮明ではない。彼女は買ってくれてありがとうとその場にいた数人に言ってくれた気がする。いや、私が言われたのか?でも私が貰ったポスターなどを見てくれていた気はする。
とにかく、目の前に、毎日毎日毎日愛してやまない私のヒロイン・有安杏果さんご本人が普通にいらっしゃった。
近くにいたモノノフさんにどうします、どうします、どうします、と言いながら呆然と眺めた。ナゴヤ行きます、ありがとう、というやりとりを聞きながら私は声を発することが出来なかった。

川上さんが先程まで私の抽選をしてくれていた店員さんに話しかけ、杏果と共に店に入っていった。一瞬躊躇ったけれど私も店に入った。杏果はももクロのパネルの隣に立って写真を撮られている。確かに彼女こそが有安杏果さんだった。

とにかく見つめ続けた。何度か目が合った。どうすればいいのか分からなかった。どうすれば目に焼き付くんだろう。どうしよう、どうしよう。
すると積極的なモノノフさんが握手を求めた。
私も、手を出した。
たしか、杏果推しです、と言いながら差し出した。

え?今、杏果と握手してね?私・・・
感無量というよりは、そんな感じだった。

案外さらっとその瞬間は終わった。
なんだこれ。
なんだこれ。
混乱の中、それでも確かに私の手は、杏果の手のあたたかさを感じた。
ふわっと包まれてあったかいと思った。その感覚だけが残った。数時間経った今も残っている。

本当に状況があやふやだけれど、多分その後杏果はパネルにサインをした。川上さんの背中越しに手元だけが見えて、ペン先が杏果の本物のサインを紡ぐ一部始終をこの目に入れてしまった。
買ったCDやポスターを持つ手が震えた。
杏果の持つペンがサインをするすると生み出していく様が、今まで見たどんな景色よりも泣けるものだった。何故だか分からないけれど、初めてそんな光景を見たから、本当に杏果だと思ったから、感動して胸が詰まった。

川上さんが撮っていいよ!とおっしゃったのを皮切りに、その場にいた人々はスマホをかざし始めた。えっ、ももクロ!?と驚く人がだんだん増えていった。
私のスマホのカメラは壊れている。
けれど普通のカメラなら持っている。一応カメラが趣味であるため、出かける前に一瞬迷って、すぐ帰るとはいえ出かける時は一応持っておこうと鞄に入れたミラーレス一眼。
躊躇いを振り切ってカメラを出し電源を入れた。と同時に充電のゲージが点滅し始めた。しまった充電してない、あと数秒しか持たない、それでも後姿をなんとか収め、最後の最後に杏果の顔を一応撮れた気がした。そして電源はあっけなく落ち、悔しいながらもあとは目に焼き付けようとガン見した。私だけが彼女を見ていた。

いつの間にか多くのお客さんに囲まれて杏果はびっくりしていた。多分(時系列が曖昧だが)その後AMARANTHUS・白金の夜明けコーナーを見て全然CDないね、と川上さんに話しかけたりしていた。私たちは「売れたんですよ!!」と口々に言った。それから店を出た杏果は何度もこちらに手を振ってくれて、川上さんと共にどこかへ行ってしまった。
後をつけることも出来ず、その背中を見えなくなるまで呆然と見送った。
古屋さんだけはいつもの車に乗り込んでいた。

とまあ、10分か15分くらいのご滞在だったと思う。

この感覚を未来永劫残すために、彼女を見た時の感覚を述べよう。
まず、意味が分からなかった。この場にいないはずの人が急に現れて平然といる。ツアー前ということもありまさかこんなところにももクロのメンバー、しかも杏果が来るとは全く想定していなかった。夢にまで見たゲリラ遭遇のはずなのに、現実味がなさすぎて、もしくは現実味がありすぎて、こんなもんかとすら思った。こんな簡単に夢が叶うのかと。心の中にいた異様に冷静な自分が「やべっ、ケチらないでコンタクトしてくればよかった最悪だブサイクだ見られたくない辛い」と真っ先に言っていた。

目の前の女の子が、そうか、本当に、杏果なんだ・・・と脳が理解してくれてからは、可愛いなと思った。私服風でメイクもほとんどしていない感じのかなりラフな杏果。たまに映像やブログの自撮りで見るあのまんまだった。ももクロの衣装を着ていない素の杏果。通りがかった人が驚くくらいに、遠くから見た限りでは普通の女の子といった感じだ。杏果って、普通に人間の女の子なんだ・・・私と同じなんだ・・・という初めて味わう感覚がとにかく不思議だった。

本当はもっとオギャ――――――――!!と大興奮な状況なはずなのに、どうしよう、どうしよう、いる、マジでいる、えっ、えっ、なんで!?という混乱でグシャグシャだった。この瞬間って、あとから振り返ると凄く羨ましいんだろうなあ、忘れたくないなあ、どうすれば忘れないんだろうと必死だった。

それだけ、夢にまで見た人が目の前にいるというのは異常事態なのだ。

杏果って、普通にいるんだ、来てくれるんだ、会えちゃうんだ、こんな渋谷で。ごめん、あの瞬間だけ私はあなたを、身近なお友達のように感じたよ。
でも名残惜しく背中を見送っている時には、私は一生あなたを推しますなんて強く誓っていた。

まとめるとわけのわからない体験だった。意図しなかったゲリラ、ゲリラ豪雨と同じようなものだなとも思う。傘をさす暇もなかった。
雨がやんで呆然としながらPARCOへ向かった。
さっきまで見ていた女の子の綺麗な写真が飾ってあった。
違う、杏果だけど、杏果はさっきの子で、と混乱した。正直それどころではなくてじっくり見ることも出来なかった。また来よう。

PARCOを出て今度こそ田舎に帰ろうと駅へ向かった。
信号待ちをしながらさっきのタワレコが遠巻きに見えた。
その時、古ちゃんが運転する白いワゴンがタワレコの前を離れた。
やがてこちらへ向かってきたスモーク張りの車体は、目の前の道路を颯爽と走り抜けていった。
最後の最後まで目が離せなかった。
いるはずのない妖精さんを連れてきてくれた奇跡。
ありがとう、がんばってね。
祈りを込めて見送った。

呆然に呆然を重ねてもはやどう歩いているのかも分からないような私は、電車に乗り込む前にメモとペンを買った。
杏果と握手した手をなるべく使わないように、指先で会計を済ます。
まずはスマホを取り出してツイッターを開いた。
こんなにもグギギな内容を呟いてしまったが、馴染みのフォロワーさんが祝福して下さってあたたかい。
返信をしていくうちに元々ほとんどなかったスマホの電源が切れてしまった。
電車に揺られながら今度は買ったメモ帖を開き、殴り書いた。私にしか読めない字だ。見返すと「強運?運命?どっちもだ」なんてデカデカと書かれていたりする。
すぐに書き留めて忘れたくなかった。

ここまで大仰なブログを書いておいてなんだが、私は既に一年前の2月24日、春日部の舞台挨拶の直前に杏果と初めて対面している。映画館のロビーで、押し寄せる杏果推しの中で私を見つめて、指先を指しながら口パクで「ネイル、ネイル」と私の緑のネイルを指摘してくれた杏果。
大号泣したけれどもうそんなに思い出せない奇跡だ。だから今日はとにかくまず書き残した。

あれから一年、また逢いたいと願った末に、本当に会えた。
わたしばかりずるい。
でももう、また逢いたいと思っている。

私にとって杏果は憧れの女性で、この世で一番尊敬する人で、誰よりも好きな歌声を聴かせてくれる歌手で、ももクロの推しメンのアイドルで、
なのに目の前にいると等身大の可愛い女の子だ。
なんなんだろうなあ、あの子。
もう分からないです。ただ、もっと好きになった。

時間かけてメイクでもしていたら、電車が止まらなかったら、貸す相手の目途がついて通常版も買おうと決めなかったら、地元のCDショップに朝から入荷されていたら、ポスターよりトレカを選んでいたら、渋谷ではなく新宿に行っていたら、店員さんがもっとキビキビしていたら、私は杏果に会えなかった。いくつもの選択が私を導いた。
なんか、私はあの子を推し続けるしかない。

ふらふらと辿り着いた我が家で、親に感動を捲し立てた。
そしてすぐに写真を印刷してみた。それが、1枚とてもよく撮れていて・・・
自分のカメラで杏果を撮ってみたい、という長年の夢すら私は叶えてしまった。そのうち大きな台紙を買ってきてプリントして飾ろうと思う。

このブログを読んだ未来の私、この幸せをどうか忘れないで。
まだ今の私は聴いていないその2つのアルバムを聴くたび、どんな女の子が頑張って作ってくれたのか思い出せ。
ふわりと微笑んだ優しい姿を、ぎゅっと握ってくれた小さな手の温もりを、生涯の宝物にしてね。